ショートケーキを食べたのは久しぶりだった。
生クリームはもったりとしているが、くどすぎない甘さで、ふわふわのスポンジ生地に挟まれ断面をのぞかせる苺は瑞々しくて甘酸っぱい。ケーキの上のとっておきの苺はいつも最後に食べるから、それをよけるようにして三角形の先端から慎重にフォークで切り分けて食べ進める。
休日の昼下がりに、食堂でミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを啜りながらケーキを食べる――なんて贅沢なんだろう。ひとときの安息は至福そのものだった。
もう一口頬張ると、ちょうど向かいからトレイに白いマグカップをのせたデイビットが歩いてきた。
「隣、いいかな」
靴音は目の前で止まった。彼を見上げて「うん。どうぞ」笑みを返して顎を引いた。
デイビットは鷹揚と椅子を引いて腰を下ろした。振動でマグカップの中のブラックコーヒーに波紋が広がっている。
「コーヒーだけ?」
「ああ」
マグカップを口元に寄せて目を細め、デイビットはコーヒーを啜った。淹れたてで熱くないのかな。
「君は食事をする時、幸せそうな顔をしている。今もそうだった」
「ネモ・ベーカリーが作ってくれる御飯が美味しいからね」照れ笑いを返して「ケーキ、一口あげよっか?」首を傾げる。
デイビットは「いや、オレは――」言葉を切り、一拍置いて「君の好意はありがたく受け取ろう」言った。
「よかった」
フォークの側面でケーキを一口サイズに切り崩して、すくいにのせてデイビットに向ける。
「あーんして」
デイビットは瞬きを二、三度すると「あーん?」おうむ返しをした。
「口を開けてってこと」
「そういうことか」
デイビットは口を開け、テーブルに肘を突いてわたしの方へ顔を近付けてくれた。距離が詰まって、デイビットとフォークが引き合って、薄い唇がすくい根まで挟み込んだ。
フォークの先が唇から離れる。
「美味しい?」
デイビットは咀嚼しながら何度か頷いた。もっと食べさせたくなった。
「よし、コーヒーだけのデイビットにはこの苺もあげます」
フォークで唯一の苺を刺して持ち上げる。真っ赤に熟れた苺は、丸々としている。
「その苺は特別なものじゃないのか? 前に君はサーヴァントに苺をねだられて『ケーキの上の苺は特別だからあげられない』と言っていただろう?」
「よく覚えてるね。たしかにケーキの上の苺は特別だけど、デイビットにならあげてもいい。はい、あーん」
デイビットの手がフォークを握る私の手に被さった。わたしの手より一回り大きな手はひんやりしている。
苺を彼の唇に導く。デイビットの顔がぐっと近付いてくる。息を呑んだ。艶やかな果実は、目を瞠った時には食べられていた。
形のいい唇の間からゆっくりとフォークが引き抜かれる。三又に分かれた銀色の枝が天井から差す燈を吸って鈍く光っている。
――睫毛が長くて、量が多い……。
金色の睫毛に囲われた紫色の眸がふと上がり、視線が重なった。「こういう時は、ごちそうさま、と言うんだったかな」
デイビットの熱のこもった声とお互いの距離の近さに顔が火照った。
きっとわたしの顔は今、苺のように赤くなっているに違いない。