マスターとなった女はプトレマイオスよりも若く、頼りなさを感じるほど小柄で華奢だったが、プトレマイオスは彼女のことをすぐに気に入った。
人類最後のマスターである彼女は、戦場に立つと果敢に見事な采配を採った。如何なる苦境に立たされても、彼女の真っ直ぐな心が折れることはなかった。これまでの旅路の中で、名だたる英霊たちと共に如何に峻烈な戦いを生き抜いてきたかが手に取るようにわかる。
朗らかな笑顔と活溌溌地な性格にも惚れ込んだ。そして、燃えるような赤毛と意志の強そうな琥珀の散った眸と、戦場で見せる堂々とした姿に、かつて同じ夢を見た男の面影を見た。
人々を惹き付ける眩い一等星のような女だと思った。
若盛りであるプトレマイオスの魂を熱くさせた星の名を、藤丸立香という。
立香との会話の中で、プトレマイオスが解したのは、彼女の思考や心根だけではなかった。
決して諦めない粘り強さや、人理を護るという人類最後のマスターとしての責任感や確固たる決意、他者に対する慈しみ、思いやりや親愛といった立香の根底にある部分は、若きプトレマイオスも感じ取っているだろう。
しかし、彼女の自己犠牲の精神と、誰にも見せない歳に似つかわしくない翳りはどうだろうか。
立香は喪う哀しみを知っている。
救うことの難しさを知っている。
何度も後悔し、もがき苦しんできたことだろう。数え切れないほどの犠牲者の魂と、今を生きる者たちの命を背負っている。肉の薄い肩に食い込む期待と責任の爪で、彼女は傷だらけだ。
それでも、消えてしまった汎人類史を取り戻すために、途絶えた未来のために、彼女が歩みを止めることはないだろう。
だから——。
「吾がおまえを護ると誓おう。おまえにはそれだけの価値がある」
プトレマイオスは立香の令呪の刻まれた手を取りそう宣言した。
かつて後継者を巡る血肉の争いを生き残り、建国し、王朝の祖となった老王は、彼女のサーヴァントとして、唯一無二の答えを導き出したのだ。
運命に立ち向かい、懸命に生きる立香こそ、己のマスターにふさわしいと。彼女には、夜空で輝く一等星のような価値があると。
己よりもずっと小さな生身の女を護らねばならない。共に戦い、勝利を掴み取らなくてはならない。
ドアが開く音がして、紫式部は視線を入口に向け、夜の図書館にやってきた訪問者に向けてカウンター越しに控えめに手を振った。
訪問者は、マスターである立香だった。
「プトレマイオス、来てる?」
手をひらりと振り返した立香が首を傾げると、紫式部は「はい。奥におられるかと」莞爾と笑んだ。
「ありがと」
カウンターと読書スペースを通り過ぎ、立香はひしめく本棚の群れの中へと歩を進めた。最近よく図書館に足を運ぶようになったなと、そこはかとなくそんなことを思いながら、左へ右へと顔を向け、棚と棚の間を見ながら図書館の奥へ進んだ。
或る本棚の前に大柄な影があった。老齢のプトレマイオスだった。
立香が足を止めて声を掛ける前に、気配に気付いたのか、彼は片手で開いていた書物から顔を上げ、立香の方へ意識を向けた。
「ああ、おまえか」
傍に歩み寄ってきた立香を見下ろし、プトレマイオスは眦を下げた。
「今日もふたりで書を読むか?」
「うん。読みたい」
「どこで読書に耽ろうか」
「わたしの部屋はどう?」
「いいぞ。では、行こうか」
プトレマイオスはローブの裾を翻した。
いつの間にか、立香と共に過ごす時間が増えた。夜になると、紫式部の図書館の読書スペースや、どちらかの部屋で読書をするようになっていた。静けさの中で、彼女を膝に載せ、彼女が選んだ書を開き、物語の世界に浸る……それが、互いにとって、戦いの最中でのひとときの安息だった。共に過ごす時間が増え、プトレマイオスは藤丸立香というひとりの女のことを深く知っていった。彼女の叙事詩の如き壮絶な戦いの記録も見た。聡く、勇ましく、強かな女にプトレマイオスは惹かれていき、いつしかある強い想いが芽生えた。
サーヴァントとしての欣慕を上回ったのは、執着だった。美しい小鳥を鳥籠に閉じ込めておきたいという粘ついた執着ではなく、天に輝くただひとつの星をいつまでも眺めていたい——そんな祈りにも似た執着だ。
緋色の星が堕ちぬよう護るのは己の役目だ。立香を護るためならば、手段は問わないつもりでいる。
煌めく星の行く末は、プトレマイオスの図書館にも記録されていない。
「今夜の読書会も楽しみにしてたんだ」
紫式部に見送られて図書館を出て、部屋まで並んで歩いた。その間、立香は懐っこい仔犬のようにプトレマイオスを見上げ、昼間に食べたドーナツの話をした。頬が落ちるほどに美味しかったそうだ。プトレマイオスが蓄えた顎髭を撫で摩りながら「そんなに美味いのか」と好奇心から訊ねると、「今度一緒に食べよう」と立香は白い歯を見せて笑った。年相応のあどけない笑顔だった。実に愛らしいと思ったが、口にはしなかった。
立香の部屋に着いて、プトレマイオスはベッドの縁に腰を下ろした。ナイトテーブルには、書物が置かれている。
いつものように、立香はプトレマイオスの膝にちょこんと座った。
プトレマイオスが視軸を下げると、火の色をした艶やかな髪と、長い睫毛の束とスッと通った鼻筋が見えた。端正な女の顔だ。
分厚い書を支える立香の手に、プトレマイオスはそっと掌を被せた。栞が挟まれたページから読み進め、一ページ二ページとページが捲られていった。
「ねえ、プトレマイオス」
不意に立香が顔を上げた。
「どうした?」
「わたしの読書に付き合って、飽きたりしない?」
「飽きることなどない。吾ほど書物が好きな者はそうはいないだろうからな。こうしておまえと書を貪るのも心が躍るというものだ」
「そっか……よかった。わたしもプトレマイオスとの読書が好きだよ。プトレマイオスと一緒にいると安心するの。大きな手もあったかくて、撫でられると落ち着く」
書から手を離し、プトレマイオスは己の掌を見詰めた。骨ばった、皺の刻まれた老いた男の手。血で汚れた、戦争を知る手。治世を成し、安寧を築き上げた王の手……
立香の片手がプトレマイオスの手を取った。彼女はそのまま分厚い手を自身の顔へ導くと、頬を摺り寄せた。
「あったかい」
甘える仔猫のようだが、立香は愛玩動物ではない。うら若き乙女だ。
「プトレマイオスのこと、好きだよ」
「…………」
熱と親しみのこもった言葉が博愛ではなく偏愛であることを察したが、プトレマイオスは歯を食い縛って顎を固くさせた。
「おまえは愛いな」
弾かれたように振り向いた立香と上と下で視線が絡まった。長い睫毛に囲われた眸が熱っぽく潤んでいるように見えるのは、ナイトテーブルに灯ったランプの仄燈の加減のせいだろうか。
「吾がおまえを護ると誓おう。おまえにはそれだけの価値がある」
プトレマイオスからそう告げられた日の感動と喜びを、立香は今でも覚えている。
彼と共に歩む日々は星空のように充実している。
コミュニケーションやスキンシップを重ね、距離が縮まり、プトレマイオスとはマスターとサーヴァントとして良好な関係を築けていた。立香は、誰よりも書物を愛する威厳溢れる老王を、敬愛の念を持って慕っていた。
彼は唯一立香が甘えられる存在だった。
大きな手で頭を撫でられると安心した。
見詰められると満たされた気持ちになった。
穏やかな声で名前を呼ばれると嬉しかった。
共に長い夜を過ごすうちに、いつしか立香の中で、プトレマイオスに対する親しみは少しずつ形を変えていった。
或る晩プトレマイオスに頭を撫でられ、誰かではなく、この人に傍にいてほしいという切望が湧いて、鼓動を速めた。その瞬間、立香は自身の恋心を自覚した。
服の上から、実は筋骨隆々であることがわかってしまったり、ふとした時に苦み走った成熟した男の色気を見て、異性として意識してしまってからは、芽生えた恋心が育つのは速かった。
はたから見れば祖父と孫のようなものかもしれないが、それくらい歳の離れた男を好きになってしまったことを立香は後悔していない。 プトレマイオスに隣にいてほしかった。彼のことをもっと知りたかった。汎人類史に残された彼の記録や功績ではなく、歴史では知りえない、誰も知らない彼を知りたかった。
だが、プトレマイオスは酸いも甘いも嚙み分けた老齢の男であり、偉大な王だ。たかだか十数年しか生きていない小娘の恋慕など、気の迷いだと思われるに決まっている。
だけど——。
「プトレマイオスのこと、好きだよ」
あの夜、異性としての好意を伝えてしまった。分割思考で読まれているだろうと思った。受け容れてもらえるのなら、胸を満たす切なさを孕んだ恋心を伝えてしまいたかった。戯れとして流されればそれでよかった。諭されたら、なんとか諦めようとしていただろう。
「おまえは愛いな」
一拍置いて返ってきた穏やかな声音に振り返ると、親愛と慈しみに満ちた金色の眼差しが向けられていた。
それだけで、一瞬でも、疼きに似た甘美な期待を抱いてしまった。
その晩、プトレマイオスは立香の部屋にいた。
彼女を膝に座らせ、彼女から漂う嗅ぎ慣れた甘いシャンプーの香りを鼻先に感じながら読書に耽った。共に読んできた書物が、あと少しで読み終わる。
最後の一ページが捲られた。
「面白かったぁ」
立香はほうっと吐息をつくと、閉じた書物をベッドに置いて、身じろぎしてプトレマイオスの胸に寄り掛かり、彼を仰ぎ見た。
「恋愛小説ってしっかり読んだのはじめてかも。プトレマイオスは読んだことある?」
「あるとも。吾の時代は詩だった。悲劇が多かったな」
「悲劇かあ。結ばれないってことだよね?」
「そうだ。男は女ではなく名誉を選び、戦争で死ぬ」
「好きな人と結ばれないなんてやだな……わたしは絶対好きな人と一緒になりたい」
「現代では好き合った者同士で結ばれると聞く。いずれおまえにも、添い遂げたいと思える相手ができるのだろうな」
「添い遂げたい人……」
立香は剣呑と眉を寄せると、薄桃色の唇を引き結んだ。
「さて、夜ももう遅い。休むといい」
「うん」
立香が立ち上がり、それに倣ってプトレマイオスも腰を上げる。
片手を握られ、引っ張られる感覚があった。
「立香?」
視線を下げる。
立香は俯いている。
「プトレマイオス、あのね」
顔を上げた彼女の頬はほんのりと紅潮していた。
「わたしの好きな人は、あなたなの」
可憐な乙女の不意打ちの告白に、プトレマイオスは彼女を凝眸することしかできなかった。
分割思考では導き出せなかった、否、気付いていて背を向けていた己への好意は、彼女が英霊たちにあまねく抱いている親愛ではなく、年の離れた男に向けるにはもったいなさすぎるほど眩く甘い感情であることをプトレマイオスは十分理解している。役目を終えたら消える影法師に過ぎない己を恋慕するのは、彼女のこれから先の長い人生に影響を及ぼすかもしれないという想像もつく。
そんなことはわかっている。わかっているのだが、星に手を伸ばしたくなってしまった。指の間から見える燦然とした輝きを目に灼きつけたくなってしまった。
「あなたが好きです。誰よりも。だから、わたしの傍にいてほしい。サーヴァントとしてじゃなく、ひとりの男の人として」
立香の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「吾で、よいのか」
一拍置いて、しっかりと立香を見詰め、プトレマイオスは言った。今度は立香が驚く番だったのか、彼女は何度も瞬きをした。
「英霊であれ人であれ、おまえを慕う者は大勢いる。中には恋慕の情を抱いている者もいるだろう。おまえはまだ若い。この先も出会いはたくさんある。生身の肉体を持つ歳の近い男と番うこともできる。吾でなくとも——」
「そんなこと、言わないで」
消え入るような声だったが、言葉の端々には揺るぎない強い想いがあった。プトレマイオスの指を握るたおやかな手が力んだ。
「あなたがいい。あなたじゃなきゃだめなの。わたしの隣にいてほしい。こんな小娘じゃ、だめですか?」
耳が熱くなるのを感じながら、プトレマイオスは立香の頬に触れた。
「吾が、よいか」
「うん。プトレマイオスがいい」
「向こうの吾ではなく、吾がよいか」
「うん。あなたがいい」
「……そうか」
立香はローブの中に飛び込むようにしてプトレマイオスに抱き着いた。彼女の細い括れた腰を抱き寄せ、かけがえのない体温を抱き締めながら、プトレマイオスは瞼を下ろす。
「それならば、吾はおまえの隣にいよう。何人たりともこの場所は譲れん」
プトレマイオスの手の中で、緋色の星が瞬く。夜の幕の内側で、ひとつの物語が産声を上げた。
その晩の読書会はプトレマイオスの部屋で行われた。
プトレマイオスと立香は新しい書物を一冊読み終えた。三〇〇ページを超える分厚い書物だったが、一週間で読み終えた。
恋仲になる以前より過ごす時間が長くなっていた。
恋仲といっても、未だ立香から手を握ってくるだとか、添い寝をしたくらいだ。戯れにプトレマイオスからキスをすると、立香は林檎のように顔を赤くさせた。そこではじめて、立香には男性経験がないのだと悟った。
しかし、彼女は旺盛な十代だ。好奇心と本能というものがある。
以前、添い寝をしている時、プトレマイオスは立香を抱き寄せた際に、吐息混じりの声が漏れたのを聞いたことがある。名前を呼ぶと、線の細い肩がびくりと跳ねた。プトレマイオスを見詰めるあの時の立香は、性的興奮を刺激された女の顔をしていた。プトレマイオスは、いずれ彼女が望むのなら、快楽を教えてやるつもりでいた。
立香がプトレマイオスの膝から降り、閉じられた書物がテーブルに置かれた。
プトレマイオスもソファから立ち上がった。立香を見送るまでが読書会だ。意識を入口に向けた時、いつかの夜のように手を握られた。
「……立香?」
「プトレマイオス……」
ランプの燈に照らし出された立香は、あの時見た女の顔をしていた。
「今夜は、朝までここにいたい。あなたと、一緒にいたい」
「それは、閨の誘いか?」
立香はこくんと小さく頷いた。
「……お誘い、です。わたし……色気がないと思うけど……」
「そんなことはない」プトレマイオスは立香を抱き寄せた。「吾が如何に堪えていたか、わかるまい」
赤面した立香をベッドに行くよう促すと、立香は引っ掛けていた履物を脱いでベッドに上がり、ブランケットをまくって、どうしていいのかわからないというように、そのまま座り込んでしまった。
「その……経験がなくて……」
乳房の間に拳を埋めて立香は言った。プトレマイオスは曖昧に何度か小さく頷いた。知っているとも、とは言えなかった。
「ならば、吾が教えてやろう」
プトレマイオスは霊衣の一部である藍色のマントと厚手の黒色のローブを自ら消した。サーヴァントが身に着けているものは細かな装飾品まで魔力で編み上げられているから、着るのも脱ぐのも瞬きの合間にできる。
ベッドに乗り上げ、緩く胡坐を掻いて立香と向かい合った。
「おいで」
立香はプトレマイオスの足の間へ移動した。
「そう固くなるな」
「だって、はじめてだし」
プトレマイオスはふっと笑って、緊張でがちがちに強張った小柄な身体を抱き寄せて密着した。首を反らした立香がじっとプトレマイオスを見詰め、ゆっくりと瞼を閉ざした。彼女の期待に応えるように、彼は薄く開かれた唇を塞いだ。
「ん……」
触れるだけの口付けでも、立香は緊張していた。角度を変える度に擦れる髭にくすぐったさを感じながら、プトレマイオスの動きを追った。深い場所で繋がる口付けは、男性経験のない立香にとっては衝撃だった。
プトレマイオスの手が立香の背中から腰へと下りた。部屋着の上から指先で腰のうしろをなぞられ、小さな声が漏れた。太腿を撫で摩られると、飼い馴らせない興奮が性に未熟な立香を刺激した。服の上から触れられているだけなのに、自然と股座を擦り付けるように腰がくねる。下腹部には、プトレマイオスの股間があった。
落ち着きなく尻をプトレマイオスに擦り付けていると、服の隙間から彼の手が潜り込んでせり上がった。生地がするすると持ち上げられて乳房が零れ、そのまま服は剥ぎ取られた。
立香はプトレマイオスの太い首のうしろに腕を回した。彼女自身、前後する腰を止めることができないでいた。服の上から性器を擦り合わせているだけなのに、ひどく興奮する。
立香が半裸になったのと同じく、彼もまたローブと肌着を取り去っていた。剥き出しになった胸も腹も衰えを知らず、老いた男とは思えないほど逞しい。想像以上の肉体を前にして、立香は身震いした。
プトレマイオスの厚い手が立香の乳房を片方覆った。優しく揉みしだかれ、つんと尖った胸の先を指の腹で摘ままれて、押し潰すように転がされる。薄い肌の下に生じた痺れにも似た快感に、立香は息を乱す。
空いていた手に腰を抱かれ、シーツに身体を横たえられ、残っていた服を脱がされた。下着がベッドの下に落とされる。プトレマイオスの下着も消えた。これでお互いの身体を覆うものはなにもなくなった。
筋肉が詰まったプトレマイオスの腕がシーツに突っ張って、立香の足の間に巨躯が割り入った。
指が腹や太腿の側面をなぞる。それだけで感じてしまった。立香自身ですら知らない性感帯を、彼は暴いていく。焦らすように円を描くようになぞられるのが気持ちよかった。
腹を這った手がなだらかな肉の丘を滑って、男を受け容れたことのない女の部分へ被さった。
触れられると、ぐちゅっと湿った音がした。愛撫と服の上からの性器同士の摩擦だけで濡れたらしい。しとどに濡れていることを自覚すると、立香は急に羞恥心を覚えた。
媚肉の真ん中をなぞったプトレマイオスの中指は処女膜を押し上げて、少しずつ胎の内側へと食い込んでいった。
「あっ、あぁ……!」
呆気なく根元まで沈んだ指は、立香の熱くぬめった胎内を何度か擦り上げた。上向きの掌が後退し、指が引き抜かれ、今度は中指だけでなく環指も揃って胎内に挿入された。ぴっちりと閉じた膣肉を割って進む指の質量に、立香は慄く。
ゆっくりと前後する手は、性を知らない立香に未知の快楽を味わわせた。腹側を押し上げるように曲がったかと思えば、焦らすように止まったり、のの字を描くようにして胎内を掻き混ぜる。緩急を付けて動く指に、立香は息も絶え絶えになった。
「陽根で胎を突くだけが交合ではないことを教えてやる」
立香が足を閉じないように片手で膝を掴んだままプトレマイオスは言った。
「おまえの胎を最初に満たすのが吾であることを喜ばしく思う」
プトレマイオスの指が動くたびに、愛液と媚肉が擦れて粘着質な音が弾け、立香の薄く開かれた唇からは艶っぽい声が漏れた。
「あ、あうぅ……あっ、気持ちいい、んっ、うっ……」
快楽という養分を吸い、開花前の花は咲こうとしていた。
硬くなって尖った蕾を詰られ、立香は「クリトリス弄っちゃだめえ」懇願した。「だめ」という言葉は閨では反対の意味として捉えられることを立香は知らない。
「ここがいいか」
「ひあっ、あ、あ、ああぁ……」
「……感度がいいな」
胎内と蕾を同時に責められ、立香は喉を反らした。得体の知れないなにかが、腹の底からじわりじわりと背骨を伝い上がって意識に肉薄していた。
「あんっ、そこっ、あっ……あぁっ!」
枕の端を掴み取り、立香は悲鳴に似た声を上げた。
「プトッ、レッ……ぅ、なんか、くるっ……!」
全身が硬直した瞬間、立香の身体を真っ白な雷が貫いた。
「~~~~~~っ!」
強張った筋肉が弛緩して全身が痙攣し、眠りに落ちる時のように意識が浮いて、四肢の感覚が遠のいた時、小さな死が立香を支配した。今の感覚が絶頂、つまり、イくということなのだと立香は理解した。
プトレマイオスははじめて沸点を迎えた立香を見下ろした。初々しくも淫らな女の姿は、彼の中で燻ぶっていた劣情をあおった。
攣縮した胎内から指を抜くと、白濁した濃い愛液が絡みついて、指の股で糸を引いていた。立香が本気で感じた証拠だった。
愛液に塗れた手で立香の膝をさらに大きく開かせる。官能の夜に咲き誇った法悦の花弁がくぱっと開いた。ひくつき、蜜でぬらぬらと照る花へ、プトレマイオスは再び指を突き入れた。
立香の反応がいい場所を責め、片手で性感帯に触れながら、夭とした肉体に快楽を刻んでいった。善がる立香の嬌声は、プトレマイオスの中で鎮まっていた情欲を呼び覚ましていく。
胎内を蹂躙する指は、ついに下がってきていた子宮口に触れた。指先でくすぐるように撫でると、立香は再び果てた。潮まで噴いた。弧を描いて間歇的に噴き上げた潮はプトレマイオスの手を濡らした。
そのあとも二度、三度と立香は絶頂した。その時がきそうになると、彼女は「イくっ、イっちゃう! イっちゃううぅ!」と背中を仰け反らせた。どうやら、「イく」というのは、本能が爆発することを指すらしい。
「プトレマイオス、ま、待って」
立香は蕩けた顔でプトレマイオスを呼んだ。
「気持ちよすぎて、どうにかなりそう」
官能の熱にあてられた双眸は潤んでいる。
「これ以上したら、わたし……気絶しちゃうかもしれない。だから、また今度、えっち……しよう?」
「ふむ、そうか……おまえがそう言うのなら、今夜はここまでにしよう。吾としては終夜おまえを愛で、喜悦を与えてやりたかったのだがな」
「十分ですっ。それに、優しくしてもらって、わたしばっかり気持ちよくなっちゃてるし……」
「好いた女を手荒には扱えんからな」
「っ……!? そ、そう思ってくれるのは嬉しいよ……ありがと」
ブランケットを手繰り寄せて、立香は視線を逸らした。顔が赤くなっているのをプトレマイオスは見逃さなかった。
「朝までここにいたいと言ったな。このまま共寝をするか」
「うん、一緒に寝よ」
寝物語になにを聞かせてやろうか。営みのあとに聞かせてやる話は、やはり甘ったるい話の方がいいだろうか——。
寝衣を纏い、体温が染みた温いシーツの上で肘枕を突いて寝そべったプトレマイオスは、ベッドから降りて床に落ちた服を拾っている立香の白い背に視線を溜めて考える。
プトレマイオスの視線に気付いて、立香が振り返った。動きに合わせて豊かな赤毛が揺れた。立香の眸には、星の如き光が散っている。
ああ、北の空で輝く星の話をしよう——。
空の果てにある崇高な星を思い出して、プトレマイオスは髭の下で口の端を緩めた。
立香が微笑んだ。堕ちることのない無垢なる緋色の星は、プトレマイオスの目の前で、煌煌と光を放っている。