発見された微小特異点は、煉瓦造りの古めかしい建物が多い静かな街だった。
歴史を感じさせる街並みと同じく、行き交う人々の服装は、フロックコートやドレスだ。まるで十九世紀初頭のロンドンにでも放り込まれたようだが、なんであれ、聖杯を回収して微小特異点を消滅させなくてはならない。
日が落ちる前に、街の中心にある教会の傍の宿に集まることにして、適性があるとして同行してくれたサーヴァントたちと、二手に分かれて情報収集をすることにした。わたしとテスカトリポカは北へ、アヴィケブロンとラクシュミーは南へそれぞれ向かった。
街は、昼間だというのに薄暗かった。
空に曇天が広がっていて光が欠けているからなのか、はたまた、街の雰囲気自体がどことなく陰湿さを纏っているからなのかわからないが、灰色の景色に息苦しさを覚えた。
冷たい風が吹いて雨が降り出したのは、遠くで教会の鐘が鳴り響いて、街の空気を震わせた時のことだった。突然降り出した雨の勢いは強く、慌てて近くの建物——燈のない、営業していない肉屋——の軒下に駆け寄った。
「すごい雨」
「ツイてないなあ、お互い」
人通りがなくなった目の前の通りを見据えて顔を顰めたテスカトリポカの肩が濡れていた。
「雨、止みそうにないですね」
オーニング越しに見上げた空は真っ暗だった。
「雨足が弱まるまでここにいよう」テスカトリポカはジャケットの内ポケットから煙草を取り出して箱を揺すり、突き出た一本を咥えた。「走るにしても、宿まで少し遠い」
「そうですね」
ライターの火に炙られた煙草の先で丸い小さな火が灯った。
煙が一筋立ち昇って、たばこのにおいが雨のにおいに混ざって鼻先に届いた。嗅ぎ慣れたにおいに安心感が込み上げて、鼻から湿った空気を取り込み、短く吐息をつく。悪天候だというのに、落ち着いた。
——隣にテスカトリポカがいるからかな。
お腹の前で指を交え、隣に立つテスカトリポカの方へ半歩距離を詰める。
閃光が視界を真っ白に塗り潰した。一刹那のあと、雷鳴が天地を裂いた。凄まじい轟音が心臓を震わせた。
「わっ!」びっくりして、反射的にテスカトリポカにしがみついた。全身が強張り、瞬きを忘れた。
「ああ、今のは、驚いたな」
テスカトリポカの平静さを保った声が耳朶を打ち、腰に手が回って抱き寄せられた。
意識を彼に移すと、唇を塞がれた。煙草の苦みが舌の上に広がる。触れるだけの口付けは、この憂鬱な街には似つかわしくない熱がこもっていた。
「今夜は嵐になるかもな」
鼻先が触れ合う距離でそう言って、テスカトリポカはわたしから離れ、何事もなかったかのようにふーっと唇の間から煙を噴き上げた。 整った彼の横顔から視線を外すことができないでいると、いまさら顔が熱くなってきた。
二度目の雷が落ちる。
未だ落ち着かない鼓動と、雨音だけが頭の中に響いている。