素材を集めるための戦闘の合間に、少しだけ休憩をすることにした。
辺りを警戒してくれるサーヴァントたちに甘えることにして、青々と茂った木の下に腰を下ろして休んでいると、晴れていた空に暗雲が垂れ込んで、雨がぽつりぽつりと降ってきた。
「一気に天気崩れたなあ」
立ち上がって空を見上げる。空は灰色の塗料をぶちまけたような色をしている。空気を鼻から吸い込むと、雨の日に感じる湿った土の独特の臭気が鼻先を掠めた。
「雨のにおいがする」
ぽつりと呟くと、「ペトリコールというやつか」背後から声がした。
びっくりして首を巡らせると、テスカトリポカがジーンズのポケットに手を突っ込んで立っていた。
「ペトリコール?」
オウム返しをして首を傾げる。はじめて聞く言葉だった。
「濡れた土から漂うこのにおいのことだよ。西洋では「石のエッセンス」というらしい。ただ地面が濡れただけだというのに、西洋の人間はなんでも上品にたとえる」
へえ、と関心の声を漏らして、「雨のにおい、好きだな」肺いっぱいにペトリコールを吸い込んだ。
懐から煙草の箱を取り出して、一本咥えたテスカトリポカから視軸をずらしてまた天を仰ぐ。幸い雨足は弱い。すぐ止みそうな気配があった。
「通り雨だといいな。ちょっと寒いし」微苦笑して肩をすぼめる。「寒いのか」
隣を見やると、テスカトリポカはオイルライターを片手に眉間に浅いシワを刻んでいた。咥えられた煙草の先には赤々とした火が灯っている。
「これを着ていろ」
彼はライターをしまいこんでジャケットを脱ぐと、わたしの両肩に掛けてくれた。
「ありがとう」
「マスターに風邪を引かれちゃ困るからな」
テスカトリポカは指の間に煙草を挟んで、薄い唇の間から紫煙を吐き出した。
ジャケットからは、ほのかにテスカトリポカのにおいがした。コーパルの甘い香りに、煙草の煙の苦さを感じられるにおい……わたしはこのにおいが好きだ。体温の染みたジャケットは暖かい。裾は足首の辺りまであった。袖を通してみる。結構ぶかぶかだ。
色の欠けた濡れた景色に、煙草の火口から立ち昇る煙が流れていく。
互いになにも言わず、ただ空を見上げていた。間もなくして、弱い雨は止んだ。
「よし、素材集め、頑張りますか」
うーんと伸びをひとつして、鼻息をつく。テスカトリポカは煙草を足元に落として、ブーツの先で踏んで火を消した。
「マスター」横からテスカトリポカの腕が伸びてきて、肩から抱き寄せられた。「あとで返せよ」
こめかみにキスをされた。リップ音が跳ねて、かあっと顔が熱くなる。
「うん」
はにかんで彼を見上げる。気紛れとはいえ、テスカトリポカからのスキンシップは嬉しかった。
「さあ、戦いといこう」
テスカトリポカと揃ってぬかるんだ地面を踏み締める。
雲間から晴れ間が覗いている。東の空には、虹が出ていた。