その夜は、ベッドに入って間もなくして足の間がひどく熱く疼きだした。
込み上げた衝動の正体はわかっている。劣情だ。
腹の底で渦巻く劣情が頭の中に立ち込めていた眠気の霧をはらう。それでも動じずに寝返りを打ち、固く目を閉じて眠ることだけを考えた。けれど、劣情というものは一度火が付くと手に負えない。そのことを知ったのは、テスカトリポカと恋人になって、身体を重ねるようになってからだ。
閉じていた瞼を持ち上げて、淫らな欲望に引っ張られるように身体を起こして、ナイトテーブルのランプの燈を付けた。
——……えっちしたいな。
薄く開けた唇の隙間から熱っぽい吐息が漏れた。仄燈に照らし出された部屋には自分しかいない。テスカトリポカは今頃、バーにいるだろう。わざわざ呼びに行くのも恥ずかしい。なにより、色に耽る淫らな女だと思われるのもいやだ。
滾る情欲を持て余した夭とした肉体をシーツに横たえ、ふと、ひとりでも慰めることはできるだろうかと考える。自慰なんてしたことはない。それでも今は、なにもしないよりはましだと思った。
ブランケットを捲り、軽く開いた足を引き寄せて、下着の中に手を入れて、おそるおそる女の部分へ指を這わせる。肉の丘を滑ると、中指が柔らかな小さな塊に触れた。クリトリスだ。敏感な突起を優しく撫で回し、指の腹でとんとんと叩くと、重い振動が下腹部まで伝わった。
——意外と、気持ちいいかも……
じんわりと身体が火照っていく。指で詰るうちに、剥き出しのクリトリスはだんだん湿ってきて、膨らんで、硬くなった。
ほめく熟れた蕾をなぞり、すぐ下の肉襞の間で手を止める。愛液が溢れているのがわかった。「オマエは敏感だな」とテスカトリポカに言われたことをこんな時に思い出した。
折り曲げた指を慎重に隙間に押し込む。抵抗感があったが、指は粘膜の間を割って胎内に潜り込んだ。中は温かい。テスカトリポカがやってくれるように、手を前後させて胎内を掻き混ぜてみる。ぬめる指は、入口の辺りを刺激する。腹の底が熱くなって、奥が切なく疼いた。
「……んっ」
指を動かしながら眉を寄せ、唇を引き結ぶ。濡れた粘膜が擦れて、ちゅこちゅこと粘っこい音が耳朶を打った。
「あぁ、うっ……」
思い切って指を鉤型に曲げて腹側を押し上げると、強烈な痺れが背骨を駆け上がった。気持ちがいいが、これでは足りない。テスカトリポカの指は、もっと奥まで届いていた。
テスカトリポカのことを思い浮かべながら、気が付けば自慰に夢中になっていた。気持ちいいところを擦ると、太腿が痙攣して足の先が跳ねた。ぐち、ぬち、と粘っこい音が息遣いに混ざって羞恥心をつつき、ますますいけない気持ちにさせる。こんなところを見られたら死んでしまいたくなるかもしれない。
空いていた片手で、インナーを押し上げて乳房を揉む。摘まむ前に、胸の先はすっかり硬くなっていた。ぷっくり膨らんだ先端を指の腹で挟んで軽く捻るように愛撫すると、肌の下が甘く疼いた。
声を噛み殺して、胎内に挿入した指を抜き差しする。一本だった指は二本になっていた。悪い熱が身体を支配していく。
「っ、あ、テス……ぁ……!」
充血したクリトリスを親指の腹で押し潰して胎内に根元まで指を突き立てると、頭の中が真っ白になって、身体から意識が離れてふわふわと浮いた。強張った全身から力が抜ける。ぎゅっと収斂した胎内から指を引き抜くと、白濁した愛液が指の間でねっとりと糸を引いていた。
開きっぱなしの足が小さく震える。劣情はまだおさまってはくれない。それどころか、ますます燃え盛ってしまった。テスカトリポカに抱かれてしまいたかった。息も絶え絶えになりながら、快楽の奈落に落ちてしまいたかった。
——これ以上は、だめ……
自分に言い聞かせて、身震いして、捲れていたインナーを元に戻して、下着を上げる。
手を洗おうとベッドを出ようとした時、入口のドアが開いた。
廊下から差し込む燈を背に立つのはテスカトリポカだった。
「起きていたか」テスカトリポカは意外だといわんばかりに目を丸くさせた。「ちょうどいい」
ドアが閉まって、彼はゆったりとした足取りで歩み寄ってきた。
あと少し遅かったら危なかった。動揺を気付かれないようにつとめて平坦に「こんな時間にどうしたんです?」言う。胸の下で、心臓が飛び跳ねている。
「なに」テスカトリポカは瞬きひとつの間に半裸になった。身に着けていたアクセサリーもなくなって、白い肌が剥き出しになる。「抱きたくなった。だから来た」
微苦笑して、彼はベッドに腰掛けた。引き締まった長い腕が伸びてきて、大きな手が頬に触れる。
「……なんだ、ずいぶん熱いな」
彼は首を傾げた。涼やかなアイスブルーの双眸が細まる。今していたことを見透かされてしまうような気がしたが、目を逸らすことができない。
「わたしも、したいです」
温い掌に頬を押し付ける。それを合図にベッドに上がったテスカトリポカと同じように、一糸纏わぬ姿になった。ライトの燈に暴かれた肉体は、まだ情欲の名残で火照っている。
「立香」
柔らかな声で名前を呼ばれた。降り注ぐキスの雨の中、愛撫に蕩け、与えられる快楽に身を委ねた。今すぐにでもぬかるんだ女の部分にテスカトリポカを迎え入れたかった。
足の付け根に滑ったテスカトリポカの手が止まった。指先には濃い愛液が絡みついていた。
「ずいぶん興奮しているようだな、お嬢さん。自慰でもしていたのか?」
彼はにやりと笑った。かあっと顔が熱くなって、言葉に詰まる。黙りこくっていると、テスカトリポカは忍び笑いをした。黙ることは、認めることと同じだ。
「えっちしたくなって、ひとりでしてました……」
観念して、消え入りそうな声で白状する。
「そんな細い指じゃ満足できないだろう? おまえは腹の奥が好きだからな」
膝の裏を掴まれた。開かれた足の間にテスカトリポカの身体が深く割り込んだ。肉の丘に勃起した性器がのった。張り詰めた尖先がクリトリスを押し上げ、血管の浮いた太く硬い肉幹がぱっくりと開いてひくつく濡れた媚肉の間をぬるぬると往復する。指とは違う圧倒的な質量に、期待のこもった吐息が漏れる。ようやく、腹の奥にある切なさを埋めてもらえる……
「ここはもうオレを受け入れる準備はできている、というワケだ」「んっ」
圧迫感がじわじわと迫り上がってくる。。
「ああっ……」
腹に響くような衝撃の大きさに全身が硬直した。胎内の感覚を味わっているのか、テスカトリポカは挿入してもすぐには動かなかった。「熱いな。オレのナニを離そうとしない」
「う、ああ……」
ほうっと肺腑にこもっていた体温が零れる。
「そそる顔をしてくれる」
腰がゆっくり引いて、また打ち付けられた。待ち侘びた愉悦に喘いでシーツを強く握ると、長いストロークで抜き差しがはじまった。肉と肉がぶつかって粘ついた破裂音が弾ける。テスカトリポカに突かれるたびに、肉厚な尻の肉が揺れた。
彼も昂っていたのか、腰使いは本能に任せた荒々しいものだった。胎内を擦り上げられ、子宮口をごつごつとつつかれ、呆気なく絶頂に呑まれてしまいそうになって、目の前で火花が散る。
「は、あぅ……気持ちいっ、イっちゃう、イっちゃうぅ……」
「イけよ。イっちまえ」
「んっ、うんっ、イく、イきます」
テスカトリポカは胎の深い場所で留まると、腰を突き上げた。猛々しい男の本能は緩やかに降りてきていた子宮口を抉るように押し上げた。頭の中で膨らんでいた快楽が爆発して、雷にでも撃たれたような強烈な極致感が背骨を貫き、総身に力が入らなくなった。テスカトリポカの腰を挟んでいた両足だけが力んで、爪先がぴんと伸びる。「〜〜〜〜っ」
快感は潜熱に炙られた神経を削り取っていく。気を失ってしまいそうになって、瞬きをして必死に息をする。
テスカトリポカが覆い被さってきた。垂れ下がった長く艶やかな髪が頬を掠める。金色の美しい檻の内側で、上と下で見つめ合うとまた胎の奥が熱くなった。
「抱き潰してやる。逃げられないと思え。このオレを求めずに慰めたんだ。足腰が立たなくなるくらい可愛がってやるよ」
影が濃くなって、乱れた息ごと呑み込むようなキスをされた。舌を吸われて唾液が鳴る。テスカトリポカの腰だけが動き出す。
絡み合う男と女の形をした官能がランプの生き生きとした燈に照らし出される。それはやがてどろどろに溶けて、夜の闇とひとつになった。