皿の上の快楽

 シャワーヘッドから噴き出る温かい湯は、疲れまで洗い流していった。
 立ち込める湯気の中で、高い体温混じりの息をついて、レバーを捻って湯を止める。
 濡れた髪を掻き上げて、手探りでバスタオルを取り、頭と身体を拭いた。柔らかいバスタオルを胸元できつく巻き付けてシャワーブースを出て、狭い脱衣所に併設された洗面台の鏡の前で化粧水と乳液をつけてスキンケアをして、髪を乾かした。
 ふと人の気配を感じた。
 ドアを開けて部屋を見渡すと、ベッドにテスカトリポカが腰掛けて長い足を組んでいた。彼は半裸だった。気に入りのサングラスも首飾りも身に着けていない。
「よう。待ちくたびれたぜ」
「早いですね」
 少し驚いたが、彼を呼んだのはわたし自身だった。まさか、こんなに早く来るとは思わなかったが。
 バスタオル姿で脱衣所を出た。
「料理は熱いうちに食うべきだろう?」
 気紛れな神はそう言って、隣に座ったわたしの唇を塞いだ。触れるだけの口付けだった。それだけで、ソープの香りに官能の芳香が混ざり、どうしようもないくらい彼が欲しくなる。
「……期待……しているか?」
「……っ」
 喉が鳴った。重なった膝頭を擦り合わせて、小さく頷く。
 ベッドに横たわると、バスタオルは剥ぎ取られて、床に落とされた。
 瞬きひとつの間に、テスカトリポカの全身は剥き出しになっていた。無駄のないしなやかな雄々しい肉体は、若い男の精力が漲っている。
「おまえの肌は」テスカトリポカの細い鼻梁が乳房の間に埋まる。「火照ると血色がよくなってほんのりと赤みが差す。その様が実にいい」
 テスカトリポカの頭がゆっくりとわたしの下肢に向けて下がっていった。頭の中で、蛇が上気した肌を這うイメージが湧いた。
「……あっ」
 蛇の舌が折り曲げた足の間にある女の部分に潜り込んだ。粘膜同士が擦れる音が耳朶を打った。ぷっくりとほめく蕾を転がされ、吸われ、肉襞を舐め上げられ、蜜が溢れて、下腹部が疼きはじめる。
「あっ、そこ、やぁ……イっちゃう……!」
 舌と唇で責め立てられて、全身が強張り、喉が反った。甘美な刺激が腹の底から脳天まで突き抜けた。頭の中が真っ白になって、一刹那力が抜け、総身が痙攣した。
「料理人は妥協することなく、手間暇をかけて食材を調理する」
 テスカトリポカの指が濡れそぼつ媚肉の間に押し込まれた。
「最初から最後まで、自らの手で作り上げる」
 指は肉の詰まった膣内をこねくり回すように動いた。
「そうやって極上の料理できる」
指の腹が腹側をぐっと押し上げながら前後する。
「処女だったおまえがオレとまぐわううちに、こうして段々とそそる肉体になっていくのを見ると、丹念に仕込んだ甲斐があると感じる時がある。おまえはまるで至高の料理のようだ。そうは思わないか?」
 テスカトリポカの問い掛けに答える余裕などなかった。気持ちがよくて、なにも考えられない。
「ああ……なんて顔をしてやがる。すっかり女の顔になったな」
 テスカトリポカはほくそ笑んだ。咄嗟に震える腕で顔を覆う。
「やだぁ……見ないで……」
「隠すことはないだろう」
 足の間にするりと割り入ってきた肉体がのしかかってくる。一呼吸の間に、指とは違った圧倒的な質量がわたしを貫いた。硬く熱いそれは、根元まで深々と挿入されていく。
「あ、あっ、ぁっ……!」
 緩やかな抜き差しがはじまって、粘っこい水音がわたしの嬌声に被さってシーツに転がった。乳房が胎内の奥の奥を突く動きに合わせて揺れる。
「甘い心臓は好みじゃないが、この鼓動の高なりがオレだけのものだと思うと、悪くはないと思えてくる。おまえの身体は馳走だ。味見だけじゃあ物足りん。骨までしゃぶりたくなる」
 腕を剥がされ、シーツに縫い付けられた。掌が重なり、指が互い違いに絡む。垂れ下がった長い金色の髪の内側で、否が応でも見詰め合った。涼しげなアイスブルーの双眸には、手に負えない昂揚感が渦巻いている。
「た、べて、わたしを、食べてっ」
「言っただろう。料理は熱いうちに食う、ってな」
 テスカトリポカの唇が首の側面に寄った。付け根に軽く歯が立てられる。些細な刺激ですら、身体は敏感に反応した。テスカトリポカの腰だけが動いている。
 首に食い込んでいた歯が離れた途端、浅い場所を行き来していた男の本能が一気に奥まで滑り込んだ。
「…………! っ、あ、〜〜〜〜〜っ!!」
「胎の中を満たしてやる」
 下がってきていた子宮口を突かれ、絶頂の嵐に飲み込まれた。快感に打ちのめされ、意識を飛ばしてしまいそうになる。
 皿に盛られたわたしの身体が、バラバラにされてテスカトリポカに食べられていく——。
「……わたし、も、もっと、あなたを食べたい」
 テスカトリポカの背中に回した手に力を込めて抱き寄せ、肩口に咬みついた。
「ハハ、神に食らいつくか。いい女になってきたな。じっくり味わえ」
 夜の帷の内側で、官能の薫香を纏わせて、汗ばんだ肌に快楽というスパイスをまぶして、互いを貪った。
 精で満たされた胎からは情欲の名残が溢れ出して、真っ白なシーツに広がっていった。