背骨を伝う悦びと背徳感

 最後の一頭になった魔獣の咆哮が空気を震わせ、生い茂る木々がざわめいた。
 テスカトリポカは飛び掛かってきた魔獣の爪と牙を素早く躱すと、右手で魔獣の胸を貫いた。手は背中まで貫通した。
 腹を蹴り飛ばされた魔獣の身体が吹っ飛び、弾むようにして地面に叩き付けられる。魔獣は立ち昇る砂煙の中で起き上がろうともがいたが、投げ出された四肢が虚空を掻いただけだった。
 動きはやがて弱々しくなっていき、うおおうと低い断末魔を上げると、ついに魔獣は動かなくなった。
 吹き抜けた風が銅のにおいを鼻腔へ運んできた。すっかり嗅ぎ慣れてしまった血のにおいだ。
「終わりだ。呆気ない」
 鷹揚とこちらに戻ってきたテスカトリポカの右腕が赤黒く濡れてぬらぬらと照っていた。指先からはねっとりとした血が糸を引いて地面に滴り落ちている。
「お疲れ様」
 労いの言葉を掛けたが、彼はフンと鼻を鳴らしただけだった。
「物足りん」
 テスカトリポカは遠くを見ながら言った。思わず彼を見上げる。ぎらぎらした双眸と視線が重なった。
「呆気なさすぎる。せっかくの戦いだというのに、この程度では昂りが治まらん」
「あー、そういうことですか……」
 微苦笑して辺りを見回す。長閑な森の中だが、魔獣の死体がいくつも散らばっている。彼らでは、戦神に闘争の悦をもたらすことはできなかったらしい。
 とはいえ、戦う術を持たないわたしには脅威だ。特異点を調査するためにこの地を訪れたが、随伴してくれた他のサーヴァントたちとははぐれてしまっていた。そばにテスカトリポカがいてくれたことが救いだった。そうでなければ今頃は、群れに囲まれて食われていただろう。
 唇を引き結んで、うーんと唸る。昂揚感を鎮め、滾る血潮を冷まさせるにはどうしたらいいのだろう。
「……あ」
 自室で甘い夜を共にした時、彼自身が言っていたことをふと思い出した。
「なんとか、今はこれで抑えてください」
 テスカトリポカの首に下がった羽飾りを引っ張って、背伸びをして、瞼を下ろし、彼の口元に尖らせた唇を押し付ける。ちゅっと小さなリップ音が弾んだ。
 浮き上がった踵を地面に付けてからおそるおそる瞼を持ち上げる。青い眸にはわたしが映っていた。
「なんのつもりだ」
「えっと……前に『昂った時は人肌が一番だ』って言ってたから、キスもアリかなあって思いまして……」
 俯いて、上目にテスカトリポカを見詰める。そういえばあの時は黒のテスカトリポカだった。今の彼は赤のテスカトリポカだ。彼にこういった戯れは通用しないかもしれない。
「……ほう」
 切長の目が細まった。眸の奥には一握の興奮と熱情が渦を巻いている。
 血で汚れた手に顎を掴まれて持ち上げられた。「えっ」と目を瞠った時には唇を塞がれていた。
 下唇に歯が軽く立てられたかと思えば、隙間から舌が押し込まれ、口腔を蹂躙された。流し込まれた唾液が口端から溢れて顎を伝っていく。息を継ぐ間すら与えてくれない、いつものキスとは違う、荒々しい口付けだった。苦しくなって胸元を押しやるが、びくともしない。
「っあ、はぁっ……」
 頭がくらくらして、ようやく解放された。肺腑いっぱいに酸素を吸う。
「この程度で鎮まると思っているのか?」
「……だめ……ですか?」
 テスカトリポカはなにも言わなかった。赤い舌先が濡れた唇を一巡するのを見据えて硬直していると、腰から強く抱き寄せられ、下腹部の辺りに硬いものが押し当てられた。男の本能だとすぐにわかった。
「こ、こんなところで、するの……?」
「戦士を慰めるのは女の役目だ」
 テスカトリポカは悪びれることなく言った。右腕の血は、乾いていた。

 木の幹に寄り掛かって腰を突き出すと、スカートの裾がたくし上げられ、下着を下ろされた。
 剥き出しになった尻にテスカトリポカの手がのって、女の部分に硬く熱いものが擦り付けられる。
「あの、痛いの、嫌なんですけど……」
 首を巡らせて剣呑と眉を寄せる。えっちはベッドでしかしたことはないし、その時は前戯がある。こんな風にすぐには挿入されない。ただでさえテスカトリポカの性器は腹の奥まで届くほどの大きさだ。痛いに決まっている。
「濡れている」
 テスカトリポカの囁きに、顔が熱くなった。彼の言う通り、擦れた粘膜からぬちぬちと粘っこい音がする。
「嘘……」
 キスだけで濡れたんだ、わたし——。
 火照る顔を正面に戻して、突っ張った腕の間から木の皮を睨み、恥ずかしくて歯を食いしばった。
 テスカトリポカが動く気配がして、圧迫感が胎を穿った。肉の詰まった胎内を、男の本能が押し開いていく。
 一息に奥まで潜り込むと、テスカトリポカはゆっくりと腰を引いた。
「んっ」
 抽迭がはじまって、身体が小さく前後に揺れる。抜き差しはスムーズだった。
 胎の奥を突かれるたびに、押し出されるように漏れる声を抑えようと片手で口元を覆うが、苦しくなって手を離した。唇の間から零れる嬌声に、濡れた肉と肉がぶつかり合う音が被さる。
「声っ、出ちゃう……!」
 生理的な涙で潤んだ目を瞬かせて俯いた。太腿の間で下着が動きに合わせて少しずつ下がっていくのが見えた。中途半端に膝の辺りで弛んだ下着の向こうには、テスカトリポカのしなやかな足があった。
 腰を掴まれ、最奥を勢いよく突かれた。
「……っ!」
 痺れるような刺激が脊髄を伝い上がり、脳髄に肉薄する。弾かれたように背中が反った。気持ちがいい。媚肉はテスカトリポカを締め付け、子宮は精を受け容れようと下がり、愛液はとめどなく溢れている。
「いいな……とてもいい」
 下腹部を引き寄せられた。下がってきた子宮口に自身を押し付けるように腰がくねる。その瞬間得も言われぬ快感が押し寄せて、頭の中で火花が散った。踏ん張っていた両足ががくがくと震え、全身が痙攣する。声も出せずに果てた。
「奥、だめ、だめぇ……!」
 絶頂を迎えたあとも、ピストンは続いた。
「へばるなよ」
 潜熱を飼い慣らしたテスカトリポカの低い声が耳朶を打つ。返事をする余裕はなかった。
 テスカトリポカの腰だけが動いている。かつてわたしの純潔の花を散らした蛇は、萎えることなく硬く大きいまま、熱く湿った媚肉の間を行き来している。
 浅いところを削るような動きから、胎の奥の奥を挽き潰される。その度にオルガスムスを味わった。立っているのがやっとだった。押し寄せる怒涛はめまぐるしくわたしを責め立て、快楽の波は理性を削り取っていく。危うげな波は、未知なる世界で無防備に互いを貪り合っているという背徳感すら呑み込んでしまった。
 頭の中で意識の糸が張る。快楽というものは、受け容れすぎると気を失いそうになる。
 どちゅんと重たい音がして、尻たぶと下腹部が重なり、テスカトリポカが一番奥で吐精した。熱が胎の中に広がる感覚は幾度となく味わっている。出したものをしっかりと植えるように彼が腰を動かすのもいつものことだった。
 熱っぽい吐息が漏れる。テスカトリポカが腰を引き、隙間を埋めていた蛇が去った。逆流した甘い毒が溢流して、太腿の内側を伝い落ちていく。
 絶頂の余韻と、形を成さない狂熱に浮かされたまま身体を起こす。
 テスカトリポカは鼻息をつくと、忍び笑いをして、のろのろと下着を上げて向き直ったわたしの頬に触れた。
「まだおまえを貪りたいが、楽しみはあとにとっておくとしよう」
 親指の腹で唇をなぞられた。彼の手は温い。
 ふたりの間にあった熟れた官能が血腥い静寂に溶けていく。遠くで、死骸を啄みにきたカラスが鳴いている。
 テスカトリポカの内側で燃えていた昂揚感の一片が、胎の中で溜まりを作っている。