滴る潜熱

「立香、オレにもアレをやってみろよ」
 わたしの部屋にやってきたテスカトリポカは、戦闘のあとだからか、はたまた、いい商売ができたのか、かなり上機嫌だった。
「アレって、なんです?」
 腰掛けている椅子ごと身体の向きを変えてテスカトリポカを見上げる。
ハグだ」
 テスカトリポカはわたしの目の前に立つと、さらりと言った。
 ぽかんとしたまま「ハグ?」オウム返しをして目を丸くさせる。「……あ」
 そういえば、わたし、さっきマシュやテノチティトランにじゃれて抱き着いたっけ。あの時、そばにテスカトリポカもいたけど、彼にはしなかった。恋人という立場とはいえ、それを公にはしていないし、なにより、彼は神であるから、ああいうことをするのは不敬だろうと思っているからだ。
「友好の証らしいな。オレはまだされたことはないが」
「挨拶みたいなものですよ、アレ」
「オレは現代の流儀に倣う。そら、やってみろ」
「いいんですか?」
「思い切りやってみろ」
「じゃあ……」
 椅子から立ち上がり、テスカトリポカの正面に立つ。
「失礼します」
 両腕を彼の広い背中に回して、距離を詰め、ぎゅっと抱き着いた。身長差は頭ひとつ分ほどあるから、彼の首元に頭がくる形になる。わたしを受け止める胸は厚い。服の下にあるしなやかな筋肉が詰まった雄々しい肉体を感じた。
——あれ。これは、結構……
「ハグというものは、親愛の意味を込めて男と女が交わすものでもあるらしいな」
 テスカトリポカに腰から抱き寄せられ、身体が隙間なく密着する。ふたりの間で、わたしの胸が潰れる。意図せず唇から体温混じりの吐息が漏れた。どうしてか、下腹部が疼く。昨夜の営みを思い出してしまうからだろうか。
「……っ」
 テスカトリポカの胸に手を添え、唇を引き結んで、顔を上げる。血の巡りが速くなっているのか、身体が火照っている。
「……ああ、なんて顔をしてやがる」
 テスカトリポカは口端を持ち上げた。薄く開いた唇の端から尖った犬歯が覗く。
「おまえ、さては欲情したな?」
 低い声が聴覚器官を揺さぶった。
「そんなこと、ない……」
 なんとか平然を取り繕おうとしてみるが、テスカトリポカに強く抱き締められ、シャツの間から覗く割れた腹に、芯から火照る下腹部が押し当てられてしまった。胎の中で燃え盛る官能が股座まで熱くさせる。擦れた太腿が汗ばんでいた。彼を見詰めることができなくて、視線を逸らす。
「立香」
 名前を呼ばれ、反射的に視軸を上げると、視線が交わった。
「するか?」
 神の囁きは理性を削ぎ落していった。
 テスカトリポカのシャツをぎゅっと握って、ゆっくりと頷いた。悪い熱が全身に回って、潜熱が太腿の内側を伝い落ちていった。