誘惑

 背中を向けてベッドに腰掛けているテスカトリポカの長く美しい金髪を見据えていると、ふっと悪戯心が鎌首を擡げた。単純にスキンシップが取りたくなったのと、恋人として甘い時間を過ごしたいという思いがあったのもそうだが、たまには、戯れたっていいだろう。
「がおー」
 小さな声でジャガーの鳴き声を真似て——ジャガーの鳴き声が実際にはどういうものなのかは知らないが——背中にのしかかった。
筋肉が詰まった彼の身体は微動だにしなかった。
 反応がなかったので、もう一度「がおー」と鳴いて、首筋に頬を寄せる。
「誘ってるのか?」
 テスカトリポカは後ろ手にわたしの腰に触れた。羞恥心が素早く背骨を駆け上がって、顔を火照らせた。
「そ、そういうつもりは」慌ててテスカトリポカの背中から離れて、正座をする。身体の向きを変えて振り返った彼を上目に見据えて「なかった……けど……」言い淀む。
「けど?」言葉の続きを催促するように、テスカトリポカは小首を傾げた。
「えっち……したい、です」
 消え入るような声で言う。顔が熱い。
「なら、燈を消せ」
 テスカトリポカはそう言って、サングラスを外した。
 たしかに、ふたりの間で漂いはじめた淫靡な雰囲気に、部屋の燈は明るすぎる。ナイトテーブルのランプの仄かな燈だけで十分だ。
 テスカトリポカとセックスをするのは、これで三度目だ。
 彼に処女を捧げた夜のことは今でも忘れない。二度目は、激しい戦闘をした日、シャワーブースから出てすぐに、昂って抑えられないと終夜抱かれた。
 そして今度は、わたしから誘ってしまった。
 服を脱いで裸になるのは、まだドキドキする。
 長いキスのあと、テスカトリポカはわたしの首筋を甘咬みした。彼の形のいい薄い唇は鎖骨に滑り、窪みに鬱血の痕を残してから胸に移った。丸い乳房を大きな掌で寄せられて指で頂を摘ままれ、舌で転がされ、痺れに似た快感が肌の下に生じる。胸への愛撫だけでイきそうになった。
「ま、待って、だめっ……」
 慌ててテスカトリポカの頭を押しやる。すっかり、気持ちのいいところを覚えられてしまった。
「……「だめ」ね。わかりやすいな。「いい」の間違いだろう?」
 喉を震わせて笑ったテスカトリポカの頭が動いた。ランプの柔らかなオレンジ色の燈に縁取られた肌のあちこちに口付けが落ちて、小さなリップ音が薄闇に弾けた。
 太腿の内側に押し付けられた唇が恋しくなって「キスしたい」と言えば、テスカトリポカの影が被さってきて、情欲に滾る吐息が交わった。テスカトリポカの背中にしがみついて、息を継ぐ。互いの視線には熱がこもっていた。
 テスカトリポカの手が足の間をまさぐる。指先が媚肉に触れて、ぐちっと湿った音がした。指はぬめる肉壁の隙間をほぐすように突き進んでいく。
 股座を見やれば、テスカトリポカの指が二本押し込まれていた。指は根元まで突き入れられ、ゆっくりと動いている。胎内を捏ねるように動く指は、まるで生き物だ。
 喘いでいると、唇を塞がれた。上唇をなぞった舌が口腔に滑り込んできてくねる。受け止めた舌先を絡め合わせ、テスカトリポカの吐息すら逃さまいと必死に食らいつく。
 テスカトリポカは一度舌を引っ込めると、角度を変えて再び唇が重ねてきた。彼の鋭い犬歯が浅く下唇に食い込み、すぐに離れた。厚く長い舌が口腔を蹂躙する。息をすることを忘れてしまいそうになった。のぼせたように頭がくらくらする。
 胎の中を掻き混ぜる指が折り曲がって上壁を押し上げるように撫でる感覚がして、鈍い快感がじんわりと広がった。夢心地にうっとりとして肺腑にこもった体温を吐き出す。もう、彼がほしい。
 口端を舌先で拭うと、「ほしいんだろ?」テスカトリポカは指を引き抜きながら言った。
 一度だけ頷くと、彼は身体を起こし、わたしの太腿の側面をとんとんと叩いた。うしろを向け、という合図だ。
 彼の足の付け根では、太い血脈を浮かせた凶悪な肉の杭が天井を向いていた。
 寝返りを打って、枕を抱き、膝を立てて尻を持ち上げると、すぐに硬くなった性器の先がしとどに濡れた亀裂へ押し当てられた。
「んっ、ぅう……」
 挿入時の圧迫感には未だに慣れず、身体が力んでしまう。
「あっ、ん……」
 テスカトリポカは深い場所まで滑り込んではこなかった。浅い場所で止まり、胎内の収斂をたしかめるように動かない。切なく疼く胎の内側を埋める熱く硬いものをしっかりと感じる。これから与えられる快楽に期待して、背筋がぞくぞくした。
 テスカトリポカが動いた。のしかかってきた彼の吐息をうなじに感じ、肩口を咬まれた。そのまま、テスカトリポカの腰が動きはじめる。浅いところを削るような抜き差しだった。
 なんだかこれでは、交尾のよう——。
「咬まれるのが好きか? 中が締まったぜ。まるでジャガーの交尾だな、これじゃあ」
「い、ぁ、言わないで」
「ジャガーのメスは交尾による刺激で排卵する」
 頭上から影が去って、腰を掴まれ、肉杭に一気に最奥を突かれた。身体を貫いた重たい衝撃に、声が出なくなる。
「おまえも孕んだりしてな」
「……んっ、ぁ、ヒトと、サーヴァントじゃ、無理、で、あっ……ぁ、あ……!」

 言葉は最後まで続かなかった。胎内を挽き潰すような抽迭に、全身が強張る。

「オレは全能の神だ。できなくもない」テスカトリポカは淡々と言った。

「そんなっ、赤ちゃん、できちゃっ、あ、ん、ああ……っ」

(オレ)の子を孕めるんだ。悪くないだろう?」

「や、ぁ、あっ、だめぇ、あ、あぁ……!」

 身を捩るが、テスカトリポカからは逃げられなかった。大きく膨らんだ男の本能は深々とわたしを貫いて、敏感になった神経を削り取り、快楽の淵に追い立て、胎の奥に子種を植えようとしている。

 首筋に咬み付かれた。愛咬だ。途端に前後に揺れる身体から力が抜ける。子種を迎え入れようと下がった子宮口を何度もつつかれ、引き攣った喉から空気が漏れる。気持ちがいい。胎の奥をぐりぐりされるのが好きだ。

「お腹、奥っ……好き、ぁ、あっ……ぁ、~~~~~っ!」

 耐え難いほどの強烈な法悦(エクスタシー)が背骨を駆け上がって脳髄を揺さぶった。きゅっと目と瞑ると、瞼の裏で赤や緑色の影が舞った。四肢の感覚が眠りに落ちる時のように遠のいて、下半身が拘攣して、声も出せずに果てた。小さな(オルガス)(ムス)を迎え、太腿ががくがくと震えて、身体を支えていられなくなる。

「……っ、ぅ、ぁ、あっ……」

 イったあとも抽迭は止まることはなく、テスカトリポカの腰は緩急を付けて動き、粘膜同士の摩擦は続いた。

 肉と肉が勢いよくぶつかり、生々しい破裂音が上がり、わたしの余裕のない息遣いと、止まらない嬌声と混ざり合った。噎せ返るほどの官能の芳香が肺腑を満たす。
「や、だめぇ、またっ、イっちゃう、ぁ、あっ……!」
 目の前がちかちかと明滅して、胎の底でどろどろに煮えた快楽が全身に回り、二度目の沸点に達した。生理的な涙が湧いて、目の前が水っぽく歪む。
——この刺激で排卵したら、どうなってしまうのだろう。
 シーツにしがみついて思考を巡らせてみるが、わかりきった答えすら出てこない。頭の中で狂熱が膨らんで、快楽という針の一刺しで破裂してしまいそうだ。
 テスカトリポカの腰が止まった。下腹部が押し付けられ、胎内の一番深いところが熱くなる。
「中、出しちゃ、だめっ……」
 テスカトリポカは大きく息を吐いた。「さっきオレが言ったことを信じたのか? 冗談だよ。おまえの言う通り、神であってもヒトとサーヴァントでは子は成せない」
「ほん、とう?」
「ああ、本当だ」
 ぬかるんだ媚肉の間からテスカトリポカが抜け出る。肉壁は最後まで彼を離したくないといわんばかりに攣縮した。
 胸に広がった安堵が下腹部に留まる疼きと混ざり合った。事後の心地いい倦怠感に意識がふわふわする。
 倒れるようにしてシーツに身体を横たえ、ナイトテーブルの上で灯るランプを見据える。
 気持ちよかった。
「なんだ、もうへばったのか? オレはまだやめるつもりはないんだが」
 テスカトリポカはわたしを見下ろすと、膝を掴み取った。
「えっ」
 足が開いて、転がされるように仰向けになった。
「まだ、するの?」
 折り曲げた足の間にテスカトリポカの肉体が割り入る。
「当然だ。誘ったのはおまえだからな」
 テスカトリポカの男の象徴が勢い付いていた。
 遠ざかっていた官能が戻ってきて、粘っこく甘ったるいにおいとなって鼻を刺激する。
 そういえば、大型のネコ科の肉食獣の交尾は、メスから誘って、日に何回もするんだっけ。
 そんなことをふと思い出し、被さったテスカトリポカの背中に指を這わせた。
気持ちよかった。「なんだ、もうへばったのか? オレはまだやめるつもりはないんだが」
 テスカトリポカはわたしを見下ろすと、膝を掴み取った。
「えっ」
 足が開いて、転がされるように仰向けになった。
「まだ、するの?」
 折り曲げた足の間にテスカトリポカの肉体が割り入る。
「当然だ。誘ったのはおまえだからな」
 テスカトリポカの男の象徴が勢い付いていた。
 遠ざかっていた官能が戻ってきて、粘っこく甘ったるいにおいとなって鼻を刺激する。
 そういえば、大型のネコ科の肉食獣の交尾は、メスから誘って、日に何回もするんだっけ。
 そんなことをふと思い出し、被さったテスカトリポカの背中に指を這わせた。