夜に添う紅であれ

 マスターである立香はもちろん、サーヴァントとはいえ、箸が転げてもおかしい年頃の娘たちの会話というものは脈略がない。
 ヘアケアの話をしていたかと思えば、数分後には菓子の話に変わり、今度はいきなり「写真撮ろーよ、マスター」と、身を寄せ合って鈴鹿御前のスマートフォンで写真を撮りはじめた。
 シャッター音が鳴ったあと「撮れた! 見てみ、超盛れた!」鈴鹿御前がスマートフォンの画面を他の娘たちに見せた。
「盛りすぎっしょ!」
 清少納言の鈴を転がすような笑い声が食堂に響いた。立香とマシュ・キリエライトも画面を覗き込んで、顔を見合わせてくすくすと笑っている。
 途切れない会話の中で、清少納言と鈴鹿御前に挟まれた立香はポケットからスティックタイプのリップクリームを取り出して唇に塗ると、何事もなかったかのように会話に戻った。
「あれ? ちゃんマスのリップ色付きだ。ほーう? 色っぽいぞ、ちゃんマスぅ」
「いいピンクじゃん、マジアガる!」
「可愛いらしいです、先輩」 
 立香のリップクリームの話で盛り上がり、その後も彼女たちは、一言で言うなれば「混沌」そのものの会話をして、やがて女子の集いは解散となった。

 オレも食後のコーヒー(アコチャヨトル)を飲み終わり、席を立った。

「マスター」
 部屋に戻る途中の背中を呼び止めると、立香は足を止めて振り返った。豊かな赤毛が動きに合わせて揺れ、「テスカトリポカ」嬉しそうな声が弾んだ。
「女子会は楽しんだか?」
「うん、楽しかった」
「そりゃよかったな」
 掛けていたサングラスのつるを摘んで持ち上げた。立香の緩やかな弧を描いた唇は鮮やかな桃色に色付いて、魅惑的な艶を帯びている。
「どうしたの?」
 首を傾げた立香に、瑞々しく初々しい色気が控えめに寄り添っていた。元の位置に戻したサングラスのレンズを通して、じっと唇を見詰める。太陽のように煌びやかな、年相応の健康的な色香だが、オレが愛する夜には似合わない。
「おまえには、夜が似合う女でいてほしい」
 それだけ言って、白い顎を親指で押し上げ、唇を塞いだ。 廊下のど真ん中だが、誰かに見られようとも構わなかった。 
 柔らかな下唇を喰み、深い場所で吐息を交え、温かい口腔を蹂躙する。リップクリームのものなのか、熟れた果実のような甘ったるい香りが鼻先を掠めた。
「ん、テスカ……ト、ぅ……」
 吐息混じりの声が聴覚器官をくすぐった。差し出された舌を存分に味わったあと、ゆっくりと離れる。立香の眸は熱情に蕩けて潤んでいた。
「リップ……落ちちゃった……」
「そのためにしたんだよ」微かに甘い香りが移った下唇を舌先でなぞり、ほくそ笑む。「おまえはこの色よりも、(あか)が似合う」
 立香に似合う夜が、少しずつ近付いてきている。