夜を結んで

※ゆるふわポリネシアンセックス本

※隊長が年下という捏造

【 一日目 】

 執務中だったが、いつもそうするように、誰にも邪魔をされないようドアに鍵を掛け、隊長と睦合った。

「今日から刺激的なことをしましょう」

 隊長の膝の上に座って熱烈なキスをしたあと、あることを思い出して、吐息が鼻先にかかる距離で囁いた。

 彼は一拍置いて、親指の腹で持ち上げていた兜を被り直した。

「なんでしょうか?」

「他国から取り寄せた書物でたまたま見つけたのですが、とある地方に伝わる交合のやり方がありましてね……」

 書物で読んだことをそのまま彼に伝える。

 その行為は肉体的よりも精神的な交わりに重きを置いていること。四日目まで性器への刺激は避けて愛撫し、繋がるのは五日目であること。前戯に時間をかけること。そして、挿入後はすぐにピストンはせずに繋がったまま、抱き締めたり愛撫をして、深く愛し合うこと――。

 彼は頷きながら最後まで聞いたのち「承知しました」静かに答えた。

「それじゃあ早速、実践してみましょうか」

「どうすればよいのでしょうか?」

「そうですね、手探りですけど、軽いスキンシップからはじめてみましょうか」

「軽いスキンシップ、ですか」

「ええ、そうです。たとえば、手を握る、とか」

 言い終わる前に隊長の手を取る。隊長の手は私の手より二回り以上大きくて分厚く、掌や指の腹には、盛り上がって硬くなった剣胼胝や新しい肉刺が目立つ。角ばった爪は短く切り揃えられ、血色がいい。口にしたことはないが、私は彼の手が好きだ。

 隊長は私の手を優しく包み込んでくれた。指先を絡めるうちに気分が高揚してきて、唇を重ねた。

「ん……」

 目を閉じて唇に意識を集中させる。隙間から潜り込んできた厚い舌に舌先を包み込まれた。隊長の太い首のうしろに手を引っ掛けて抱き寄せ、密着して深い場所で交わった。吐息を吞み込み、緩急を付けて貪り合う。

 とろけるようなキスだった。交際をはじめたてのころよりも、隊長はキスがうまくなっている。 

 息を継ぐために離れると、間で唾液の糸が途切れた。濡れた下唇を舐めて、頭を傾けて、触れるだけのキスをする。腹の底から込み上げた劣情が心臓を焼き尽くしていった。

 指の腹で兜を押し上げて口元を覗かせる隊長は、兜の視孔がずれて前が見えない分、甘い刺激に敏感になっているようだった。興奮を抑えているのが息遣いから伝わってくる。

「は、ぁ、隊長……」

 体内にこもった熱を吐き出し、彼の隊服の袖を握り、角度を変えて、また唇を求めた。口腔で隅に追い立てられて、息がうまくできなかった。情熱に駆られた彼の口付けは荒々しく、かと思えば、舌が繊細な動きをする。巧みな動きに、身体の芯から火照っていく。

「ねえ、隊長……今この瞬間、私以外のことを考えたらいやですよ」

 隊長の頬に両手を添えると、彼は「デスパー様に夢中です」囁くように言った。 

「それは嬉しいです」

 笑みが漏れた。緩やかな弧を描いた彼の唇を塞ぐ。歯の間でくねる隊長の舌先を吸っていた時、男ふたり分の息遣いだけがする執務室に、ノック音が響いた。はっとして顔をドアの方へ向ける。鍵は締めているからドアが突然開くことはないが、雰囲気が台無しだ。

「デスパー様、少しよろしいでしょうか」

「はい、ちょっと待ってください」

 ドア越しのくぐもった声に、慌てて隊長の膝から下りた。髪を撫で付け、ドアへ歩み寄って開錠する。ドアの向こうには馴染みの文官が立っていた。

「先日の魔物討伐の件の報告書です」

「ああ、ありがとう、助かります」 

 愛想よく微笑みを返して、丸まった羊皮紙を受け取って封蝋を確認する。サインは兄のものだった。

「それでは、失礼します」

 文官は一揖すると背中を向けた。去りゆく背中を見届けてドアを閉めて、鍵を掛け、受け取ったばかりの報告書を机の端に置く。

 首を巡らせると、隊長は直立したまま縮こまっていた。

「続きをしましょう」 

 隊長に甘えるように寄り掛かり、身体を屈めた彼の兜を持ち上げる。ゆっくりと引き合って、唇が重なった。歯の隙間から滑り込んできたあたたかな舌先を口腔で受け止め、啄んだ。

 隊長の手が頭の横に触れる。耳を塞がれると、頭の中に唾液を啜る音が直接響いた。性的興奮を煽る淫猥な音は、四肢の末端まで身体を熱くさせた。弾むような微かな息遣いすら頭の中で反響する。

「たいちょ……ん……」 

 隊長の舌は、理性を舐め取っていった。感度のいい唇を奪われ、執務のことを忘れて前戯に耽った。

 劣情はすでに腹の底を焦がしているが、シャツのボタンはまだ外さない。あと四日も残っているのだから、刺激は少ない方がいい。

 まだ初日だというのに、手に負えない激情に呑み込まれてしまいそうだった。

  

【 二日目 】

  久し振りに気に入りの香を焚き、隊長を寝所に呼ぶよう従者に頼んだ。

 隊長はすぐに来てくれた。控えめなノックに胸が高鳴った。ドアを開け、寝所に満ちる深みのある魅惑的な麝香の芳香で出迎える。

「一日中、あなたのことを想っていました。ずっと我慢していたんですよ。……キス、してください」

 ドアが閉まってすぐに、縺れ合うようにしてキスをして、ベッドに並んで腰掛ける。隊長は甲冑を身に着けているので横になれないため、ベッドで睦合う時はいつもこうする。

「こうすると昂りますよ」

 兜の隙間に手を差し込んで隊長の両耳を掌で塞ぎ、わざと唾液を啜る音を立ててやる。

「音が頭の中に響くでしょう?」

「はい」 

 隊長の素直な反応は可愛らしかった。嗜虐心に火がついて、昨日自分が味わったのと同じく、口腔を犯すように徹底的に責め立ててやった。じゅる、ちゅる、と唾液が鳴り、あっという間に隊長の息は乱れた。

「……ふっ、ふふ」

 昂るあまり、笑いが出てしまった。靴を脱いでベッドに寝転び、足を伸ばし、立ち上がった隊長の太腿を爪先でなぞる。彼の足の付け根ではブレーが盛り上がっていた。

 少しだけ意地悪をしたくなって、もったいぶったように性器の周りを爪先で詰ってやる。

「ぐ……う」 

 年下の男は、大柄な身体を震わせて呻いた。

「気持ちよくなっちゃいました?」

 煽るように言って微かに笑う。濃く大きな影が被さってきて、唇を塞がれた。触れるだけの、理性的なキスだった。隊長の口付けは唇から首へ、そして、胸元から腹に滑り、やがて下肢に落ちた。膝に押し付けられた唇が足首に流れ、ぴんと伸ばした爪先に触れる。ショ―スを脱いでしまえばよかったと思った。

「デスパー様」 

 隊長の優しい穏やかな声が耳に心地よかった。慈しむように触れる手のあたたかさも、伝わってくる息遣いも、すべてが愛おしかった。

「お慕いしています」

 忠誠の誓いに物足りなさを感じてしまった。主従関係を尊び、慕ってくれるのは嬉しい。けれど、今は、それだけでは物足りないのだ。

「愛しているとは、言ってくれないんですか?」

 顔を上げた隊長が硬直するのがわかった。

「私のこと、愛してくれていますか?」

 ねだるように手を伸ばす。身体を擡げた彼と距離が詰まった。広い背中に腕を引っ掛けてキスをするも、唇はすぐに離れた。

「私風情がそのようなことを口にするのは憚られます」

「言ってください。私は、聞きたいですよ」

 引き合った唇が重なる。今度は情熱的に。遠慮がちに引っ込んだ舌を吸った。熱っぽい吐息が弾ける。言葉にせずともわかっている。それでも、聞きたいのだ。

「デスパー様……私は、あなたのことを愛しています」

「私も、あなたを愛しています」 

 紡がれた言葉は、香の煙のようにふたりの間を漂い、甘い余韻を残して消えた。

 私は心の底から彼を愛している。眩く繊細な愛がふたりの間には存在する。 

 与えられる親愛の欠片を繋ぎ合わせて、夜を彩っていく。

 熱を持て余した身体がとろけ、頭がぼんやりして、なにも考えられなくなった。  

【 三日目 】

 情欲にほだされ火照った身体を休めた翌日、驚いたことに、一日中勃起が治まらなかった。

 生地が分厚いブレーのおかげで目立たずに済んだが、その日は背筋を伸ばして過ごすことができなかった。

 肉体は不随意な色欲に疼き、危うげな熱を放っていた。執務に集中すればするほど、隊長の愛撫を思い出してしまい、下腹部が熱くなってしまった。

 隊長を呼んだころには、瑞々しい夜のとばりが寝所を覆っていた。

 ベッドに座ったまま、彼をそばに呼んだ。

 隊長は平然としているが、巨躯からは成熟した男の色気が匂い立っていた。雄々しく艶っぽい雰囲気にドキッとした。

 隣に腰を下ろした隊長の下肢へ視線を向けると、赤いブレーの生地を押し上げて、男の本能が屹立していた。

 いつもなら、睦合ってそのまま繋がるが、今はまだ繋がらない。性器への愛撫もできない。甲冑を着込んでいる隊長への愛撫は限られているが、できることはなんでもしてやりたい。

 隊長から漂う男の色気に呑まれた。頬を撫でた彼の手を両手で握り、示指の腹に尖らせた唇を押し付ける。厚みのある剣胼胝だらけの手は、私のものとは違う。彼の手は、熟練の武人の手だ。

「あなたの手、好きですよ」

 示指の腹を舌の先で舐め上げる。

「デスパー様……?」

 示指を半ばまで咥え込み、頬を窄めて吸った。頭を緩やかに上下に動かして、頬の内側で太く長い指を扱いてやる。側面を食み、股に舌を這わせ、爪の先を包み込む……視線を彼の股座に落とし、ブレーの下で硬くなった生々しい男の本能を思い浮かべながら指をしゃぶった。

 身体が火照り、抑えがたい情欲が沸き上がり、身を焦がす。彼と深く繋がりたい。繋がってしまいたい。

「ん、ふ……」

 頭を離すと、舌先から興奮で粘ついた唾液が糸を引いた。隊長の示指は、膨れたブレーの下で息づいている男の象徴のように天井を向き、ナイトテーブルの上で灯る燭台の火に濡れてぬらぬらと照っている。

「デスパー様、その、とても……」

 隊長は言葉を切り、身じろぎした。色を含んだ沈黙がふたりの間に転がった。

「とても……なんです?」 

 シーツに手を突いて彼に迫り、上目に見詰める。隊長は喉仏を大きく上下させた。

「とても……いやらしいです……」

「もっとたくさん、いやらしいことをしましょうか。ね?」

 寝衣の帯をほどいて胸元をはだけさせて横たわると、隊長は兜を押し上げて口元を晒し、膝立ちでベッドに乗り上げた。

 隊長の影に覆われ、目を閉じる。彼の唇はすぐに乳首を挟み込んだ。空いていた方を爪の先でかりかりと掻かれ、指の腹で摘ままれて転がされ、腰が持ち上がる。

「……あっ、ん……」

 隊長と何度も身体を重ねるうちにすっかり性感帯に成り果てた胸を愛撫され、期待を孕んだ声が止まらなくなる。 

 湿った舌がぷっくりと膨れた芯を中心にして一巡したかと思うと、上下に弾かれた。鈍い痺れが皮膚の下を這う。気持ちがいい。

「……んっ」

 眉を寄せ、たまらず口元に握った拳を引き寄せて、指の背で唇を押さえる。

「あ、う、たいちょ、う、ん、ぅ……!」

「どうか、堪えないでください」 

 露出した隆鼻が吐息の掛かる距離にあった。

「胸……もっと吸ってください」 

 隊長の兜が落ちないように支えた。

 肉厚な手に横から胸を中央に寄せられ、筋肉の上についたむっちりとした脂肪が盛り上がった。先っぽはつんと尖って、隊長を誘惑している。

 頭を下げた彼の唇の間から舌が伸びて、突出した淡い薄桃色の軸に絡んだ。舌は生き物のようにくねり、頭が小さく左右に動いて、頂を交互にねぶられた。

「あ、ぁ、それ、きもち……い、あっ」

 四肢の先まで強張った。血潮が沸騰したように全身が熱い。

「あ、う、隊長、ん、あぁっ……!」

 強く閉じた瞼の裏で、赤色や緑色の影が舞う。与えられる快楽は高揚した神経を荒々しく削り取っていき、夜な夜な沸騰してどろどろに煮詰まった法悦(エクスタシー)が全身に流れ込む。シーツの上で爪先が伸びた。

「ぁ、だめ、ぁ、くるっ……きちゃいます、あ、ぁ!」  

 いつもなら、快楽に圧し潰されて反射的に「だめ」と口にすると、隊長は遠慮して行為を中断してしまうが、今夜は止めなかった。彼もまた怒涛に呑まれているのだろう。鋼の理性を持つ男が本能的に私を欲してくれている……それは喜ばしいことだ。生憎、今はそんなことを喜んでいる余裕はないが。

 厚い舌が硬くなった乳首を弾き、前歯で軽く咬まれた。頭の中が真っ白になって、瞼の裏を横切っていた色とりどりの影が極彩色に輝いた。

「~~~~~~~っ、……ぁ、…………!」

 張り詰めていた性器が下着の内側で脈動する。反った喉の奥で息が詰まった。力が抜けた身体が痙攣する。生理的な涙が湧いた。

「……デスパー様、もしや、今……」

「はい……イっちゃいました……胸だけで……」

 鼻を啜り、涙で滲んだ視界で隊長を見る。彼はぽかんと開けていた口を引き結び、舌先で上唇をなぞると「そんなに、よかったですか」と呟いた。

「よかったです。よすぎるくらいですよ」 

 彼の兜を下ろして、浅い呼吸を繰り返す。射精を終えたばかりだというのに、性器はふてぶてしくも、精液でぐちゃぐちゃになった下着の中で角度をつけていた。

 沸点に達したあとでも、身体はまだ劣情で悩ましいほどに疼いて隊長を求めていた。

「いやらしい、ですね」

 隊長は兜の下でふっと笑った。つられて笑う。爛熟した官能の香りに、青臭い精の臭気が混じった。 

【 四日目 】

 翌日、デスパー様は執務室に現れなかった。なんでも、体調不良で朝から寝所にこもりっきりだという。

 心配でたまらなかった。もしかしたら、昨晩の行為がお身体に障ったのだろうか。もしそうならば、私はなんと愚かなことをしてしまったのだろう。

「隊長、考えごとかい?」 

 鍛錬の途中、聞き慣れた声がして意識を横にずらすと、団長が首を傾けてこちらを覗き込んでいた。

「はっ、申し訳ありません。実は……デスパー様のことを考えておりました」 

 正直に言うと、団長の表情が和らいだ。

「兄上のことを心配してくれているのか」

「はい」

 手にした鍛錬用の剣の柄を強く握り締める。磨いたばかりの銀色の刀身に、自分が映っている。

「隊長はデスパー兄上と懇意だったな。このあと様子を見に行ってくれないか」

「私が、ですか?」

「ああ。オレが行くと、兄上は無理をして平気なフリをする」

 団長は困ったように笑った。

「でも兄上は隊長の前でだと、なんというか……ありのままな気がするんだよ」

 頼んだぞ、と甲冑の上から強く背中を叩かれてよろめいた。

 鍛錬のあと、すぐにデスパー様の寝所に向かった。

    指の背で控えめにドアをノックして「デスパー様、お加減は、いかがでしょうか」おそるおそる問う。

「隊長、入ってください」

 返事はすぐに返ってきた。

「失礼します」 

 ドアには鍵が掛かっておらず、室内はカーテンが締まっていて、薄暗かった。後ろ手にドアを閉めると、ヘッドボードに寄り掛かっているデスパー様のシルエットが揺れた。

「実のところ、あなたを待っていました。そばにきてくれませんか」 

 そっとベッドに歩み寄る。ナイトテーブルに置かれた三又の燭台にだけ、火が灯っていた。

 火に照らし出されたデスパー様のお顔は血色よく、お美しく、そして、どこか艶っぽかった。寝所でふたりきりの時に見せる欲情した男のかんばせに見えて、息を呑んだ。

「あなたと、繋がってしまいたいです」 

 デスパー様の長い睫毛の下で、黒目勝ちの眸が魅力的に濡れていた。

「身体が熱くてたまらないんです。あなたと交わることしか考えられなくて……繋がりましょう? もう、我慢できません」

 切望に震える声に理性が揺らいだ。ヘッドボードからにじり寄ったデスパー様に手を握られ、引っ張られて、足が動いてしまいそうになった。

「いけません、あと少しの辛抱です」

「あなたが欲しいんです。いつもみたいに、私を抱いてください」

「デスパー様、どうか、堪えてください」 

 お美しいお顔が翳る。デスパー様は(つや)めかしい吐息を零し、私を呼んだ。

 血管の透けた手の甲に兜越しにキスをする。デスパー様の手は、剣胼胝だらけで、かさついた、岩を削ったような無骨な私のものとは違う、色白の、しかし、厚みのあるしっかりとした男の手だ。手入れの行き届いた爪の先を包み込む。中指の側面にあるペン胼胝すら愛おしい。伝えたことはないが、私はデスパー様の手が好きだ。

「隊長、きてください」

 今夜ばかりは、鎧を脱いでしまおうと思った。

 バックプレートの留め具を緩めて鎧を脱ぎ、グリーブとサバトンも外し、隊服のままベッドに上がった。

 若いころに鍛えられていたであろう名残りのある肉付きのいい身体がシーツに横たわる。デスパー様のはだけた寝衣の間から覗く胸元は、ほんのりと朱色に色付いている。

 色の白い髀肉を撫で、性器を避けて、下腹部を摩る。腰回りにはうっすらと脂肪がのっている。最近甘いものを食べ過ぎて贅肉がついたと仰っていたのを思い出した。

 デスパー様の乱れた髪の横に片腕を突っ張って、兜を親指の腹で押し上げて、芳しい吐息を漏らす口唇を塞ぐ。デスパー様の熱い呼気を吞み込み、舌を絡め、息を継ぐ間も与えず責め立てた。数日の間に敏感になった身体は、些細な愛撫でも反応した。切なげなか細い嬌声は劣情を煽り、本能を刺激する。

 濡れた唇から離れ、舌先を胸の先へ這わせると、そこは触れてもいないのに腫れぼったくなっていた。片側を爪の先で小刻みに掻く。デスパー様は戦慄いて、甘い声を漏らした。

「気持ちいいですか?」

「ん、ぅ、気持ちいいです」 

 乳飲み子のように吸い付いて、口腔でくにくにと乳首を転がし、歯を立てる。肉色の芯は弾力があった。

「隊長」

 兜を被り直して返事をする。デスパー様は息も絶え絶えといったご様子だった。

「私ばかりが気持ちよくなってしまっていますね」

 デスパー様は私の隊服を掴み取ると、捲り上げてきた。

「私にも、させてください」

「そのようなお気遣いは不要です」

「いえ、これはふたりで気持ちよくならないといけないんですよ。さぁ、横になってください」 

 ぎこちなく、入れ替わるように身体を横たえると、デスパー様は私の腹に乗り上げた。ずっしりとした重みを腹で受け止める。

 捲られた隊服が首元で蛇腹に縮んで、上半身が露わになった。デスパー様に身体を晒すのははじめてだった。鍛錬のあとに水浴びをしておいてよかったと心の底から思った。

「逞しい肉体ですね。傷跡だらけだ……」 

 デスパー様は舌なめずりをすると、身体を屈め、私の首元に鼻先を埋めた。熱い吐息が掛かり、柔らかい唇に首元を吸われた。デスパー様は私の首筋や鎖骨に、鬱血の痕を残しているようだった。そして、私の躯幹に残っている古傷をひとつひとつ指先でなぞった。「私はあなたのことを知っているようで、知らないことの方が多いのかもしれませんね」

 皮膚がもじれて白くなった脇腹の縫い傷をなぞりながら、デスパー様は呟いた。

「でも、またひとつ、こうして知ることができました」

 デスパー様はしなやかに私の身体にのしかかった。兜越しではよく見えないが、胸筋に湿った吐息を感じた。 

 自分でも触れたことのない乳首を舐められた。

「デ、デスパー様っ、そこは……!」

「男だって、胸で感じるんですよ」 

「……っ、ぅ」

 ねぶられ、詰られるうちに乳首は硬くなった。むず痒いような、くすぐったいような感覚に歯を食い縛る。はじめて味わう感覚に、股間で性器が張り詰めていく。勃起しても四日間射精をしていないから、少しの刺激でも身体は反応してしまった。デスパー様の手が隆起した胸筋に触れるだけで、爆発してしまいそうだった。

 兜の下でふっふと息を荒げて、デスパー様の臀部を左右から鷲掴みにする。絹の下着は手触りがよい。肉厚な臀部はそそる肉感だった。動いてしまいそうになる腰をなんとか抑える。手が勝手に動いて、臀部を揉んでしまう。肌に吸い付く弾力がたまらなかった。

「隊長」

 デスパー様は私の腹に手を突いた。

「余裕のないあなた、とっても愛らしいです」

 年上であるお方は、そう言って微笑んだ。

「おあずけです。続きは明日にしましょう」

 前のめりになったデスパー様の身体を抱き留める。兜の上に口付けが落ちて、ちゅっと、名残惜しいリップ音が跳ねた。

【 五日目 】

 躍如とした色濃い夜の幕が降り、城内に燈が増えた。

 懐中燭台を携えてデスパー様の寝所を訪うと、デスパー様はベッドにいて、すでに寝衣に着替えていた。 

 昨晩と同じく、隊服になってベッドに上がる。熱を放つ身体同士を密着させて抱き合うと、兜を持ち上げられて視孔がずれた。

 今日一日焦がれていた。

 寂しさを埋めるようにデスパー様を抱き締め、引き合うようにキスをした。

 深い場所で舌を交えた。息を継ぐ間すら惜しかった。舌先で歯列を舐め上げ、熱を帯びた湿った吐息を吞み込み、夢中で味わい尽くす。溢れた唾液が口の端から伝い落ちるが構わなかった。余裕などなかった。

 呼気の合間に手探りで寝衣の帯の結び目をほどくと、極上の肉体がシーツの上に咲いた。デスパー様は下着を身に着けていなかった。目の前で横たわった馳走を見据え、胸の内側で暴れ狂う興奮の手綱を握り締める。

「……失礼します」

 覆い被さって、デスパー様の反った首筋を食む。

「……あっ」

 押し付けた唇の下で、喉仏が波打った。低い吐息混じりの声が耳朶を打つ。肌を吸い、リップ音を立てながら頭をずらしていく。傷痕のない白皙の肌はきめ細かく、石鹸の香りがふわりと立ち上っている。

 胸元で頭を止め、乳首を探り当てる。ここ数日捏ねくり回したそこは、愛撫する前から淫らに主張していた。硬くなった芯を口に含み、しゃぶりつき、時間を忘れて執着した。腕の下でデスパー様の身体が何度も跳ねた。その度に焦らすように頭を離し、また吸い付き、容赦なく快楽の淵に追い立てた。

「隊長、あ、また、胸で、イっちゃいます……!」

 官能に染まった声は興奮を煽った。指の先で片側を弾くと、デスパー様は喉を引き攣らせ、か細い悲鳴を上げた。なるほど、たしかに、余裕のない姿は愛らしく思える。

 上げていた兜を被り直す。デスパー様の頬は上気し、血色のいい厚い唇からは熱を帯びた吐息が漏れている。扇情的な表情に思わず喉が鳴る。情欲にあてられた耽美な表情を独占できるのは、私だけだと自惚れていいだろうか。

「私も、昨日の続きをしてあげます」

 起き上がったデスパー様に胸元を軽く押されただけなのに、私は呆気なくシーツに背中から倒れた。一瞬の出来事だったので驚いたが、このお方は人体の急所を熟知しているのを忘れていた。私のような巨漢を倒す術を持っているのだ。

 デスパー様は馬に乗り上げるように膝立ちで私の腹に跨った。隊服が顎の下まで寄せられ、尖った唇が筋肉の詰まった胸に触れた。

 そわそわと泳がせていた視線を胸部に向ける。デスパー様の伏せられた睫毛が微かに震えていた。

「ぐ……」

 小さな刺激でも過敏になった身体には十分すぎるほどの快感が胸元に広がる。舌先が器用に硬さを得た乳首の周りを回ったかと思えば中心を強く吸われる。

 股間では本能が膨らんでいった。隆起した胸筋に顔を埋めて胸の先を詰るデスパー様は、楽しんでおられるようだった。

「隊長……可愛いです」

 可愛い、と言われて、かあっと顔が熱くなる。男としての威厳を保っていたいが、今この状況で、このお方の前でそれは難しかった。「ぅ、ぐ、デスパー、さ、ま」

 勃った乳首を指の腹で摘み上げられて顎を固くさせる。食い縛った歯の隙間から鋭い息が漏れた。全身が強張る。

「ああ、ここ、こんなに硬くなって……」デスパー様は後ろ手に私の股間を撫でた。「もう繋がってしまいたくなりますね」

 腰がくねって、臀部が屹立した性器に擦り付けられる。ブレー越しでも魅惑的な肉感が伝わってくる。

「ぅ……っ……!」

「まだだめ、ですよ」

 デスパー様は枕元に転がっていた赤い滴型の小瓶を拾い上げた。いつも交わる時に使う潤滑油だ。デスパー様はいつもこれで、ご自身で、繋がるための準備をする。肛門をほぐすのだ。

「デスパー様、ここからは私がやります。私に、やらせてください」

「そうですか。それじゃあ、お願いします」

 腹から下りたデスパー様はゆっくりと横たわった。折り曲げられた足の間に身体を割り込ませ、小瓶の中身を掌に出す。とろみのある潤滑油はすぐに人肌にあたたまった。

 濡れた指先で窪みに触れる。中指で孔の周りを撫でることからはじめ、じっくりと時間を掛けて強張った肉の門を開いていった。

 肉の門は開ききり、やがて根元まで指を迎え入れた。指を一本増やして狭い粘膜の間を割っていくと、腹の上で萎えていた男根が膨らんでいった。

「ぁ、ん、そこ、いい……」

 体内で揃えた指の腹で上側を押し上げるようにして撫でると、デスパー様はびくびくと身体を痙攣させた。小刻みに掌を前後させ、泣き所を責め立てる。肉の輪は指を締め付けて離さない。

「あっ……ぐ、隊長、奥、いいですっ……」

 体内を掻き混ぜる水っぽい粘着質な音が嬌声に混ざる。中指と環指を根元まで埋めて、ぐりぐりと掌を左右にねじるように動かすと、デスパー様の太腿が跳ね、勃起した性器の先から、勢いのない精液が溢れ出てきた。白濁は肉色の幹の側面を伝い落ちると、金色の下生えを汚した。

なんて、淫らなのだろう。

 指をそっと引き抜くと、潤滑油でしとどに濡れた孔は収斂し、きゅっと窄まった。

「愛撫だけで夜が明けてしまいそうですね」

 いつの間にかデスパー様の前髪が乱れていた。

「……そろそろ、欲しくなっちゃいました」

 物欲しそうに唇に指を添えて、デスパー様は囁いた。

 乱れてしまいそうな呼吸をなんとか抑えて、ブレーと下着を下ろす。下着が勃起した自身に引っ掛かったせいで、ふてぶてしい愚息は勢いよく飛び出した。こもっていた熱がむわっと立ち込める。

「相変わらず、大きくて……逞しいですね」

 脈絡を側面に浮かべてそそり勃った一物を見たデスパー様は、ごくりと喉を鳴らした。

 反り返った幹に手を添えて、裏側を潤滑油でぬめったデスパー様の股座に乗せて腰を動かす。会陰を撫で、睾丸を押し上げ、焦らすようにひくついた窪みに雁高の先端を押し当てると、媚肉はきゅっと吸い付いた。

「……挿れます」

 ふうっと深く息を吐き、肉色の亀裂に先端を宛がって腰を突き出すと、抵抗感に出迎えられた。張った傘を一息に押し込んで、ゆっくりと突き入れていく。体内はあたたかい。ぬめった肉がまとわり付いてきた。

「ぁ、あぁ……たいちょ……あ……!」

 手首を反らせて枕の端を掴み、デスパー様が戦慄いた。

 慎重に奥を割った。四方から肉の壁に包み込まれ、強烈な法悦(エクスタシー)に襲われた。腹の底から形を成さない熱が湧いて、四肢の末端まで広がる。いつもの交わりで感じられる腹の底に重く響くような感覚とは違った、沸点を迎えた時に味わう、柔らかく満ち足りたようなあたたかな心地よさがあった。快感が長く続いている。身体の芯から熱が迸っている。思わず身震いして、シーツに両手を突いた。

「イ……イっちゃう……! ぁ、あ……、……ッ……!」

 腕の下でデスパー様の総身が強張り、弛緩し、また強張った。挿入しただけだというのに、こんな反応ははじめてだ。

 抽挿は行わず、根元まで深々と挿入したまま股座を密着させる。デスパー様は快楽に打ちのめされていた。紅潮したとろけたお顔に見惚れてしまう。

「あなたが私の中にいるのがわかります」

 デスパー様は下腹部を撫で摩って言った。

「一番奥にあたってます」

 愛おしさが込み上げて、圧し潰さないようにデスパー様を抱き締めると、肉体がひとつに溶け合った。

 拓いた腹の奥の奥に、硬く滑らかななにかがある。それは臓腑の窄まりかもしれない。

「体勢を変えてみませんか? せっかくですし、いつもと違うことをしたいです」

「はっ、承知しました」

 一度離れると、デスパー様は寝返りを打って横を向いた。背中側に移動して下腹部に手を回し、柔らかい双丘の間に怒張した自身を押し付け、挿入する。骨盤を合わせるようにして密着すると、腕の中でデスパー様の肉体がびくりと跳ねた。

「あ、ぁっ……! これ、すごい……あ……ぅ、んっ……」

 股座が隙間なく重なって、さっき触れていた硬い部分を感じた。「ふ、う……」

 デスパー様が大きく息を吐き、張った筋肉から力が抜けた瞬間を逃さず、ぐっと腰を突き出し、臓腑の隙間へ滑り込む。

「……っ、う……あ、デスパー、様」

 息が詰まった。真っ白な陶酔感が瞬発的に頭まで突き上げた。身体の端々まで火照り、感じたのことのない小さな(オルガスム)()に支配される。「~~~~~~っ、っ、ぁ、……っ」

 それはデスパー様も同じようだった。得も言われぬ衝撃は怒涛となって押し寄せ、私たちを呑み込んだ。

「動いちゃ、だめ、ですっ、気絶しそうです……!」

「私も、動けません」

 灼熱が腹の底を焦がしている。長い時間、腰を動かすことなく、繋がったままでいた。

「……気持ちよすぎます……イきっぱなしです……」

「……出てしまいそうです」

 言い終わる前に、情けないことに体内の奥で爆発してしまった。昂りが脈打って、精液が間歇的に溢れ出る。射精はなかなか止まらず、デスパー様の中に余すことなく注がれていく。

「申し訳、ありません……」

「いいんですよ」

 デスパー様の掌が兜に触れる。

「それだけ私を感じてくれているということでしょうから」

 片手で兜をずらし、身体を擡げて口付けを交わす。腰が少し動いてしまって、デスパー様がまた果てた。

 味わったことのない、途切れることのない極致感に頭がくらくらした。

 結合部から先程吐き出した精液が漏れ出て、糸を引いてシーツに滴り落ちた。 

「動いてもいいですよ」

 甘ったるい囁きが耳朶を撫でた。一度だけ長いストロークで抜き差しをすると、男根にねっとりとまとわりつく肉襞を逆撫でする感覚すらわかった。

 それからは腰は動かさず、深く繋がったまま、夜すがら続く快感に身を任せ、情愛に満ちた夜を結んだ。熟れた官能は、身体の隅々まで満たしていった。

「デスパー様……」

 指を互い違いに交えて握り合う。

 触れた肌の熱さ、熱烈に交わった視線、体内にこもった熱を吐き出すような息遣い、私を呼ぶ声……いつもと同じであるはずなのに、今夜はすべてが新鮮で、生々しく、格別だった。

 行為を終えて、夜が明ける前にデスパー様の寝所を出てからも、真っ白な快楽の残滓が腹の底にあった。

【 エピローグ 】

 夢心地は夜通し続いた。

 交わっている間、気持ちがよすぎて一瞬意識を飛ばしたこともある。

 後始末をしたあと、隊長を見送り、心地いい充足感で満たされた身体を横たえてすぐ眠りに落ち、朝を迎えた。

 あれだけ愉悦に悶えた身体はなんともない。あれはほんとうは夢だったのではないかとさえ思える。

 着替えを済ませ、身じまいをして朝食を済ませ、執務室へ向かっている間も、昨晩の行為を思い出してしまっていた。

 隊長は執務室に先に来ていた。おはようございます、と(こうべ)を垂れた彼の動きはどこかぎこちない。

 挨拶を交わして、どうしたのかと訊ねると、彼は兜のうしろを掻いた。

「いえ……その、昨晩のことを思い出してしまって……」

「私もですよ」

 なんだかおかしくなって笑う。

 そして、朝一番のキスをねだった。

 屈んで兜をずらした隊長の首に手を回して抱き寄せ、愛をたしかめ合った昨晩と同じく、情熱的な口付けを交わした。

 お互いを見詰めるうちに親愛がふたりの間を横切った。もう一度キスをしようとしたが、ドアをノックする音に阻まれ慌てて離れた。

 夜の結び目がほどけて、また一日がはじまる。