戦場を知る者たち

 参謀として戦場を知っているつもりでも、私は人を斬ったことがない。自らの手を汚したことがない私よりも、新兵の方が現実を知っている。二度はない命の駆け引きを、私は知らない。生きた人間の肉を斬り、骨を断つ感覚がどんなものなのか知らない。

「人を斬った時の感覚?」

 酒の席で初陣の話になった時、弟にそう訊ねると、それまで酒で赤くなった顔で気さくに部下たちと笑っていた弟が表情を変えたのをよく覚えている。それは戦場を知る騎士の顔だった。

「どうということはありません。人間というのは、血肉の詰まった大きな袋だと思い知らされるだけですよ」

 弟はそう言ってこめかみを掻いた。私はワインを飲み干した。

「人を斬った時の感覚ですか」

 執務の合間にそんなことを訊ねると、隊長は抱えていた羊皮紙の束を見詰めて黙り、唸り、虚空へ視線をやったあと私の方を見た。

「気持ちのよいものではありません。なんともいえない重たい手応えがしばらく手に残ります」

 隊長はそう言って俯いた。私は書類にサインをした。

「人を斬った時の感覚だと」

 従者の手を借りながら、胴着の上から鎧を着込む兄者に思い切って訊ねると、兄者は丸い目を瞬かせたあと、眉間に皺と刻んだ。

「知ってどうする」

「いえ、手を汚したことのない男が、あなたの参謀でもいいのかと思いまして」

「お前は自分の手がきれいだと思っているのか?」

 兄者の問い掛けに、今度は私が瞬きをする番だった。

「それは、どういう、」

「戦場にきれいごとなどない。お前の手はとっくに汚れているだろう」

 薄く開いた唇の間から掠れた息が漏れる。兄者から視線を外すことができない。眩暈がして、足元が崩れていくような感覚に襲われた。

 私は。

 人を斬ったことなど――。

「斬る斬らないの問題ではない。将であるオレも、戦略を練る参謀であるお前も、直接的であれ間接的であれ、他人の命を奪っている。それが戦争だ」

 兄者は幅広の唇を引き結び、じっと私を見詰めた。数え切れないほど人を斬ってきた兄者は、ひどく哀しそうな目で私を見ている。

「……は、はは……ふふふ」俯いて、掌を顔に押し付ける。「そうですね、そうでしたね。私は戦場を知っている……」

 泣くのを堪えると、笑うことしかできなかった。

「デスパー」

 顔を正面に戻し、涙で滲んだ視界のまま兄者を見やる。

「次の戦は出陣するな」

「なぜです?」

「少し、戦場から離れろ」

「その必要はありません。私は大丈夫です」

「……デスパー」

「大丈夫ですから」

 精一杯平然を取り繕って微笑みを浮かべてみるが、強張った口の端が震えた。

 その後、兄者は私を連れて城を発った。次の戦場は南だ。頭の中には策が溢れていた。

 私は人を斬ったことがない。

 それでも、今日も私は幕舎の中で、地図を広げ、兵稘を散らし、敵軍を壊滅させることを考える。我が軍が勝利するための策を導き出す。

 胸の奥の方で、自分の心が軋む音がする。