慈悲を噛み砕くは無関心

 父に呼び立てられ、随従し、冥府から地上に出て、連れられたのは各地を支配する神々が集う円卓だった。

 父に「私の血を濃く受け継いでいる子供だ」と紹介されると、瞬く間に神たちに囲われた。

「ほお、これが例の混血か」

「ほんの子供じゃあないか」

「特殊能力はあるのかね?」

 神々からは好奇と、異常なほどの執着を感じた。値踏みするように降り注ぐ視線が嫌で、誰とも目が合わないように俯いた。囲まれてしまって逃げ場がなかった。見世物のような扱いに息が詰まる。

 ぎこちなく父のうしろに身を引っ込めると、

「我々が怖いのか?」

「愛らしい子供だな」

「なんにもしないさ」

 神々は猫撫で声で気味の悪い笑みを張り付けた。

「羨ましい。なあサトゥン、この子供を私にくれないか」

 四肢の末端から血の気が引いた。咄嗟に父を見る。父は幅広の口を真一文字に引き結んで、眉間にしわを寄せていた。心臓が胸の内側で大きく弾む。父はオレのことを好いていないから、もしかしたら、得体の知れない神にオレを引き渡すつもりでここに連れてきたのかもしれない。

 絶望感で目の前が真っ白になった。項垂れて奥歯を強く噛み締める。目の前がぐらぐらと揺れる。冥府にいる弟や母の顔が浮かんだ。父が頷いたら、オレはここに置いていかれる――。

「これは私の息子だ。誰にも渡すつもりはない」

「…………!」

 顔を上げる。こちらに一瞥をくれた父と目が合った。相変わらず、感情の読めない、昏い目だった。

「子供はもうひとりいるんだろう? ひとりくらい、いいじゃないか」

「くどい。やらんぞ」

 神は深い溜息を吐くと、「残念だ」言った。それから、捕食者のように眸を炯々と光らせてオレを見下ろした。「ほんとうに残念だ。こんなに愛らしいのに。なあ坊や、せめて名前を教えてくれないか」

 絡み付く視線にぞわりと肌が粟立った。父の背中に隠れたまま、ローブを強く握る。

「お前は私の息子に近付くな」

 息子と言われて、不思議なことに胸の奥が熱くなった。拒絶と無関心を決めてきた父に、はじめて認められた気がした。

 冥府へと戻る帰り道、馬車の中で、思い切って向かいに座る父を呼んだ。

「なぜ、あの場に私を連れて行ったのですか」

「私の研究の成果の一部を見せるためだ」

 父は窓辺で頬杖を突いたまま、オレを見ることなく言った。

「私のことを、はじめて息子と呼んでくれましたね。私は、正直あの場に置き去りにされるのかと思いました」

 外に向いていた父の視軸が一刹那こちらに向く。

「お前は私のものだ。私は私のものを奪われるのが不愉快なだけだ。お前のことなど、なんとも思っていない」

 父上、と喉元までせりあがった言葉が胃の中に落ちていく。会話はそこで途切れ、馬車の中は再び沈黙に包まれた。膝の上で拳を握り、俯いて目を瞑る。諦念に似た切なさが胸を刺す。

 一瞬でも期待してしまった己を罵倒した。

 一瞬でも誇らしく思ってしまった己を恥じた。

 一瞬でも父の慈愛にすがってしまった己を軽蔑した。

 目頭が熱くなって、涙がじわりと湧いた。泣くものか。泣いてはいけない。もっと強くあれ――。

「私はあなたが嫌いです」

 精一杯憎しみの言葉を吐き捨てる。父はなにも言わない。ありきたりな無関心がふたりの間を漂う。

がたがたと揺れる馬車が止まるまで、顔を上げることができないでいた。