地上のとある国の使節が冥府にやってきたのは、革命を成し遂げた年の暮れのことだった。
王との謁見を賜った使節は恭しく一揖すると、最初に王の息災を寿いだ。そして、王に促され、手にした書状を読み上げはじめた。
それは兄が玉座に就いたことへの祝辞だった。そこにはよくある諂いの言葉が並べられていた。しかし、読み上げられる言葉の端々には、実の父を討ったことに対する侮蔑の意が感じられた。親殺しは悪逆非道である、ということだろう。この使節を送り出した国の王は、以前の冥府の有様を知らなかったのか。
剣呑と眉を寄せて聞いていると、私の隣に立っていた弟が身じろぎした。
「兄さん、これはいつまで続くのかな」
弟の甲冑の留具が無機な音を立てた。
「まだまだ続くでしょうね」
囁きを返してオウケンの横顔を一瞥する。弟が憤慨しているのが見てわかった。見開かれた目は瞬くことなく、じっと使節を睨め付けていた。剣の柄頭に置かれた手がわなわなと震えている。
――ああ、まずい。
兄のことになると、オウケンは周りが見えなくなることがある。兄を慕い、敬仰している弟にとって、この書状はただの遠回しな悪口にしか聞こえないのだろう。
「あたたかな日出づる南国より――昏き地の底の国へ」
弟のこめかみに青筋が浮くのを見逃さなかった。
弟は剣の鯉口を切ると、剣身を抜き、使節の方へ駆け出した。
「下がれッ、オウケンッ」
兄が止めなければ、今頃使節の首は宙を舞っていただろう。
慄いて、床に尻餅をついた使節の前で、オウケンは動きを止めた。
「素っ首跳ねてあたたかなうちにお前の国に送り届けてやろうか?」
剣の切っ先を使節に突きつけ、弟は怒りで眸を昏くさせて、恐ろしく低い声で言った。
オウケンの鬼気迫る表情に、使節が泡を吹いて気を失ったのは言うまでもない。
「オウケン、何故こんなことを……」
気絶した使節が玉座の間から連れ出されるのを見届けて、隣に戻ってきたオウケンに問う。弟は険しい顔をしている。若く生き生きとした身体からは、真っ赤な怒りが迸っていた。
「オレは兄上に害なすもの、仇なすものを絶対に許しはしない」
兄に対する盲信的なまでの信奉は、私の背筋を冷たくさせた。
「兄上はオレが護ります」
弟は玉座の方へ首を巡らせた。
兄を見詰める弟の視線は熱っぽく、眸は純粋な信念で燃えていた。