地獄の果てまでも

 今日のゲームはワールズエッジで行われた。

 レジェンドを含む六十名の命知らずたちが争い、五十七名が散っていった。

 血みどろの戦いの果てにチャンピオンに輝き――チームメイトはコースティックとランパート。キルリーダーはこの俺だ――報道陣に囲まれ、インタビューを受けた。大抵は月並みの質問や賞賛だったが、ランパートと諧謔を交えて答えた。三人で写真撮影にも応じた。それがレジェンドとしての役目だからだ。

 興奮冷めやらぬ中、一本のマイクが目の前に突き出された。握っているのは若い男だった。

「見事な腕前でしたね。特に最後の部隊との戦い! リピーターを全弾頭に撃ち込んでいた! 慣れていますよね。今までもそうやって大勢の命を奪ってきたのですか?」

 ざわついていた報道陣が一瞬静まり返った。聞こえなかったフリをして、インタビュアーと視線を合わせないようにした。

「サルボで一体何人殺してきたのですか? あなたもですコースティック博士。一体全体何人の被験者を殺してきたのです?」

「今の質問、なぁんか気分わりーな」

「まったくだ。不愉快な質問だな」

 ランパートが半眼でガムを膨らませ、コースティックが眉を顰めた。

「あんちゃん、肝が据わってるな。そんなこと訊いてどうする?」

「ジャーナリストとして、気になるのです」

「へぇ。そうかい」

 脅し半分で一歩踏み出すが、マイクは引っ込まない。よほどのバカらしい。男が怯む代わりに、サイドにいたカメラマンが慄いて退いた。

「Apexはゲームだろ?」

「ええ。ゲームですね。ですが私が知りたいのは、あなたたちがほんとうに奪った命の数なのです!」

「おいおい、今の聞いたか? 傭兵だった俺はともかく、お前まで殺人鬼扱いされてるぞ」

 コースティックと顔を見合わせる。彼の広い額には青筋が浮いていた。

「仕方ねぇ、若造に口の利き方ってやつを教えてやろう」

 男のすかした面に一発見舞おうと義肢で拳を作ったが、振りかざすことはなかった。察したらしいランパートが割って入ったからだ。

「もーいいだろ。うちのおじいちゃんがそんなの覚えてるわけないんだからさ! はいどいてどいて」

 ランパートの仲裁に、報道陣の波が揺れた。

「キルリーダー兼チャンピオンに乾杯」

 ウイスキーで満たされたグラスの縁が引き合って、触れ合った。揃って口元にグラスを運んで傾ける。琥珀色の魅惑的な海で丸い氷が浮き沈みを繰り返した。勝利の美酒は極上だ。

「次のゲームでは、私がキルリーダーなりたい」

 美味い酒がそうさせるのか、コースティックの機嫌はよかった。「お、それなら次は何人キルするか勝負するか」

「いいだろう」

「負けたら一杯奢ってくれよ」

「お前が負けたらどうする?」

「その時は上等な酒を奢ってやるよ。戦場で張り切って……おっと、こんな命を粗末にする話、昼間のあんちゃんみたいなやつに訊かれたら顰蹙モンだな」

「フン、歯牙にもかけん連中だ」

「そうだなぁ。いくらお前でも人を殺したことなんてねぇだろうが、俺ぁサルボじゃ散々悪いこと……」

 言葉は喉の奥に落ちていった。

 組んだ両手の背に顎をのせたコースティックの眸は、ここではない遠くを見ていた。それはゲームの最中、人間が毒ガスで苦しむ様を記録し、データを得た時と同じ目だった。

 ひとつの確信が胸を突いた。

「ミハイル……おめー、ゲーム以外で殺ったことがあるな?」

 コースティックはなにも言わなかったが、こちらを一瞥し、意味深に目を細めた。エメラルドグリーンの眸に彼だけが知っている真実の巨影が横切ったが、すぐに歪んだ尊大な自尊()()に隠れてしまった。

 グラスの中で重なっていた氷が崩れて、からりと音を立てた。

「俺たちは地獄行きの列車の特等席ってわけか。今の、誰にも言わねぇ代わりに地獄の果てまでご一緒願おうか」

 頬杖を突いてにやりと笑う。

「私とお前はこれで一蓮托生ということか。……いいだろう」

 コースティックは満足そうに頷くと、残っていたウイスキーを飲み干した。