創造主の友達だという人が運営しているレストランが閉店時間を迎えたあとのことだ。
掃除を終わらせて、残飯でパンパンになったゴミ袋を下げて店裏に出ると、下半身を丸出しにしたシェフがウェイトレスのスカートの裾をまくりあげて、後ろからのしかかって腰を振っていた。なにをしているのか訊ねると、息を荒げたシェフにあっちへ行けと怒鳴られた。
ふたりがなにをしていたのかを知ったのは、創造主の行方を掴めないままあの店を去ってからだ。
僕の創造主を知っているっていう人の紹介で、ガイノイドがたくさんいる店で清掃の手伝いをした時に、一番仲良くなった友達――いつも裸みたいな恰好をしていたガイノイド――が教えてくれた。
人間が生殖器で繋がる行為を「セックス」っていうんだって。
人間は、子孫を残すためだけに生身の身体を重ねるわけじゃなくて、たとえば、愛の炎に駆られたり、愛を確かめ合うためにセックスするらしい。愛し合うのは本能なんだって。セックスは特別な関係のふたりにしかできない行為だってことも教えてくれた。
僕はお礼にシチューの作り方を教えてあげたり、彼女が出ることができないこの店の外のことを色々と話してあげた。彼女は興味津々だった。
人間だけができる愛情表現を学習してから間もなくして、その店のオーナーから「お前のせいでセクサロイドが最近反抗的になって客からクレームがきた」って怒られてクビにされちゃったけど、彼女には感謝してる。
いつか絶対にこの店を出たいと、人間そっくりのきれいな顔で、彼女は微笑んだ。どこか哀しそうだった。僕もいつか必ず創造主を見付けると言って彼女とお別れをしたけど、夜だけ営業しているその店がなんの店なのかは、最後までわからなかった。
そして、僕は今も創造主を捜している。
まだ創造主は見付からないけど、代わりに大切な人ができた。
レヴナントだ。
彼と僕は相思相愛なんだ。
彼は遠い昔、人間だった。
「君とセックスしたい」
レヴナントにはっきりとそう伝えると、彼は怪訝そうに唸ってアイセンサーの光を弱めた。
「人間は特別な人と生殖器で繋がって愛し合うんでしょ? 僕もしたい。僕にとって君は特別だから。誰よりも君のことが好きだ」
抱き締めようとしたら、レヴナントは逃げるように二、三歩退いた。
「どこでそんなことを覚えたのか知らないが、人間の真似事などこの身体では不可能だろう」
レヴナントの言う通りだ。僕たちにはアンドロイドやガイノイドと違って疑似生殖器はない。
「機械の身体のどこになにを突っ込む? 排液口にコードでも捻じ込むのか? 馬鹿も休み休み言え、まったく」
レヴナントはせせら笑って不機嫌になった。
演算処理装置をフル稼働させて答えを探す。システムダウンしてしまいそうだ。
――ロボット同士でもセックスってできるのよ。疑似生殖器がなくてもいいの。たとえば、ほとんどのロボットにある胸部ハッチの中に……。
あの店で彼女はなんて言っていたんだっけ……。メモリーが見付からないから、消去しちゃったみたい……。
「胸部ハッチを開けてみよう」
とはいえ、もともとレヴナントの素体と僕の素体は違うから、パーツの数も形状も異なる。基盤も違う。損傷した彼をリペアする時に胸部ハッチを開けて内部を見たことがある。彼の中身はなんていうか、すごくシンプルだった。あの時はエネルギーを供給するためにコードを繋いだっけ。
「そうだ! 接続して伝送すればいいんだ!」
閃きと同時に背面の排熱口から蒸気が噴出した。
「端末に繋いで交歓しよう。僕から連続でパルス信号を送るよ」
レヴナントはフリーズした。
「それは……つまり……」
彼にしては演算処理が遅い。
「……直接電気信号の送受信をするわけか?」
「そうだよ。送るときにオン・オフの幅を調整すれば刺激にはなるでしょ?」
レヴナントは排気混じりに笑った。
「笑ってないでやってみようよ。さあ、胸部ハッチを開けて。コードを二本だけ繋ごう」
彼は唸ってからハッチに被さったベルトを外した。スライド式のハッチが開いて、組み込まれた様々なパーツと、重々しい駆動音に出迎えられた。
胸部には内界センサーや神経コードが詰まっているから、慎重に扱わなくちゃいけない。
アームを伸ばして、マニュピレータを一本だけ、集約したコードの海へ沈めて、繊細な部位を探っていく。レヴナントの体内はあたたかくて……ぬるぬるする……。
パルスが不規則に乱れた。もしかしたら、これを「ドキドキする」っていうのかもしれない。
オイルでぬちぬちと粘っこくぬめるコードの間からようやくポートを見付けた。
「あったよ」
「見付けたのか? さっさとしろ。あまり中を弄るな」
「それじゃあ、繋げるよ」
剥き出しになったレヴナントの中身を見詰めたまま、みじろぎして、コンソール下からコネクタを摘まむ。自分のコードを引っ張り出して、レヴナントの端末と繋げた。
「苦しかったら言ってほしい。僕もこうやって接続するのははじめてだから、加減がわからない」
腰部のうしろに彼の手が回る。引き寄せられて距離が詰まり、見慣れたモノアイがアイセンサーの目前に迫った時、結合部から熱い刺激が流れ込んできた。
「…………!」
理解するよりも前に、パスファインダーは回路の結節点を超えて体内に侵入していた。ファイアウォールを瞬時に破って送り込まれるパルス信号は、勢いのままに内部を脈々と巡り、誰にも触れさせたことのない敏感な回路を侵していく。
「なんだ、これ、はッ……」
「もっと奥にいってもいい?」
「調子に乗るな」
身体を押し付けてくるパスファインダーを押しやろうと腕を突っ張るが、関節がぎしぎしと軋んだだけだった。ますます装甲が密着して、張っていたコードが弛んだ。
「…………グッ、ウ」
パスファインダーの存在を内側に感じると、明瞭な意識にノイズが走った。彼の昂りは処理しきれないほど膨大だ。
「ッ、ウゥ……ァ……」
ボイスモジュールが震え、唸り声が出る。声は自制できない。反射的に掌を面に押し付ける。覆ったところで、意味はなかった。回線を切らなければ音声の出力は止まらない。
「……ッ、おい……ッ、ウ、ア……」
不規則で、予測不能な電子の波が押し寄せては引いていく。伝送と解析の反復は、中断されることなく続いた。
「苦しい? ごめん、少し弱めるよ」
「……ンッ……!」
送り込まれていた信号が途切れた一刹那、今度は強弱をつけて流れ込んできた。電流が迸るような強い衝撃のあと、鈍い疼きがじわじわと広がって心地いい余韻として留まる。それが瞬発的に繰り返される。予期せぬ衝撃は味わったことのない苦しみだったが、身体の内側を埋める苦しみは、どろどろに溶けて意識と混ざり合い、悦に変わった。
「不思議だ。君の考えてることがわかる。僕と君の回路がひとつになったみたい。制御できなくなりそう……回路が熱くて、すべてがめまぐるしくて処理が追いつかない。こんな感覚はじめてだ。この感覚をもっと味わいたい。これが気持ちいいってことなのかな?」
「……私の回路を……この……ッ、……ア、……ッ……」
自分のボイスモジュールから発せられる情けない声を聞くに耐えず、回線を切った。代わりに、熱っぽく湿った排気がパスファインダーのカメラアイに吹きかかる。
「好き。好きだよレヴナント。君が大好きだ」
レンズの中央に座す緋色の燈を強めて、パスファインダーは言った。彼のストレートで情熱的な好意がそうさせるのか、はたまた強烈で新鮮な感覚のせいなのか、機体がオーバーヒートしてしまいそうになり、不要な回線を切って冷却処理に集中せざるをえなかった。
「レヴナントも気持ちいいんだね?」
「ッ、だま、れ、…………!」
身体中の回路を掻き回されて演算処理が遅延していることへの焦燥と、体内を好き勝手に侵される怒りが排気と一緒に雲散する。
冷却が終わり、股座にある排液口のハッチを開けると、勢いのない廃油が流れ出てきた。脚部を伝っていく不快感にたまらず足を開こうとすると、パスファインダーの片手が膝裏に回り、呆気なく持ち上げられた。
「こうすると丸見えだ。君のオイルって粘度が高いんだ」
「やめろッ……、言う、なッ」
普段前垂れで覆われている股座からだらしなく廃油を垂れ流しているのを見られ、羞恥心が回路を焦がす。
「……貴様ッ……グッ……、ン……! 〜〜〜〜ッッ!」
パスファインダーを睨むものの、限界だった。抗えない甘美な痺れに打ち負けて、意識が火花を散らした。一時的機能停止したように一瞬なにも見えなくなり、パスファインダーの腕の中で身体が仰け反る。
「ッ、ゥ、…………! ……ア、……ァ……!」
「レヴナントッ、僕ッ……僕、気持ちよくて……回路がショートしそうだ……」
パルス信号の奔流に合わせて、動力コアは与えられる快楽を刻み込み、聴覚センサーはパスファインダーの途切れ途切れのうわずった意味を成さない声をつぶさにキャッチした。
「接続って気持ちいいんだね。知らなかったよ。はじめてが君でよかった」
能天気なパスファインダーは、恥ずかしげもなく「またしたい」と結んで、胸部ディスプレイをピンク色にした。
「鉄クズのくせに、盛った獣のようだったぞ」
「余裕がなかったんだ。接続中は君も演算処理が遅延してたよね?」
「…………!」
咄嗟にパスファインダーの頭を鷲掴みにした。
「それ以上言うなら貴様のコアを破壊する必要がある。このカメラアイも割ってやろうか?」
「それは困る」
胸部ディスプレイに泣き顔が映った。
「もう言わないよ。あ、でも、今日の映像データは僕の〝思い出フォルダ〟に鍵をかけて保存しておくね」
「貴様ッ……!」
レンズを掴む手に力を込め、今すぐ消去しろと脅すと、パスファインダーはがっくりと肩を落とした。