キラットを訪れて二週間が経った。
この国に少しでも馴染めるようにと、パガンは懇ろに世話を焼いてくれた。猖獗するテロリストから身を護るため王宮の外には出してはもらえないが、今のところはなに不自由なく生活できている。
今朝はいつもより三十分寝坊したが、目覚めはよかった。なにか心地のいい夢を見ていた気がするが、思い出せない。
身支度を整えて食堂に行くと、パガンが先にいつもの席に着いていた。
「おはようエイジェイ。今日は少し遅かったな」
王は今日も朗らかで健在だ。
「おはよう」
いつものようにパガンの斜め前の席に座ると、使用人がつかさず空いたグラスにミネラルウォーターを注いでくれた。礼を言ってグラスを手繰り寄せ、中身を半分ほど飲む。渇いた身体に沁みていくようだ。
間もなくして、シェフが朝食を運んできてくれた。
「今朝は白身魚のソテーにほうれん草と牡蠣のキッシュ、香味野菜とキノコの鳥のローストです」
今朝も朝から豪勢だ。毎朝食べきれずに残してしまうのを申し訳なく思う。
テーブルには他にも、スライスされたバゲットや、パガンの好む珍味が――見ただけではいまだによくわからない――いくつか並んでいた。
曇りひとつなく磨かれたナイフとフォークを手に取り、魚の切り身を切り分けていく。
「今日は虎狩りに行かないか」
食事の途中、パガンが思い付いたように言った。
「虎狩り?」
三等分に切り分けた魚の切り身にフォークを突きたてながら復唱する。
「スリリングで刺激的だぞ。それに虎の陰茎は珍味だ。精力増強効果もある」
「……ふーん」
手を止めて静思する。危険なことはどちらかというと好きだが、何故か、今は気分が乗らない。
「その様子だとあまり興味がなさそうだな、エイジェイ?」
「正直なところ、そうだな。今日はアンタと王宮で映画でも観ながらゆっくり過ごす方がいい」
「映画? 私と?」
「ああ」
パガンの目が一瞬「意外だ」と言わんばかりに見開いた。
「いいだろう、虎狩りは中止だ。今日は君に付き合おう。なにが観たい? ジャンルは?」
「アンタのオススメでいい。でも恋愛モノはなしにしてくれ」
男ふたりで観るものじゃないだろうと結んで、柔らかい魚の身を頬張った。
パガンは呑気に頷いて、食事を再開した。
たまには、こういう一日のはじまりがあってもいいだろう。