夜の帳と死の気配

 濃霧が立ち込める森を覆う夜とは違う夜が迫っていることを、ネメシスは感じ取っていた。
 その夜が訪れると、月は翳り、星は明滅を止め、真の闇が寂として静まり返った森の中を満たし、どこからともなく人々の悲鳴と呻吟が聞こえてくる。
 声を辿って数ヤード先も見えない深い闇の中を歩けども歩けども人の姿など見付からない。方向感覚がわからなくなり、四方八方から聞こえてくる泣き声を打ち消したくなって、咆哮を上げたくなる。
 闇の中でなにかが動く気配がして、胸のあたりに弾力のある長いものが巻き付けられ、背中にちょっとした衝撃を受けた。
 ネメシスは思考する。脅威は排除すべきだが、これは抵抗すべきではない。むしろ、慣れている。これはあの生き物の腕だ。
 深い闇の帷が降りると、その生き物は現れる。
 それは人間ではない、ネメシスのような大柄な異形だ――足はなく、ローブのように地面に伸びた黒い靄からは赤黒い長い首と腫れ上がったような頭部が生えていて、小さな目と、縦にパックリと裂けた口には小ぶりな牙が並んでいる。両腕は長さも太さもアンバランスで、右腕は肘の関節の先から肉色の鎌になっていて、背中には人間の頭蓋骨をいくつも背負っている――その生き物ははじめ、距離を置いてネメシスのあとをついてきた。
 ぬるぬると動く生き物からは敵意も感じられなければ、邪魔にもならないので放っておいたが、だんだんと距離が詰まって、気が付けば生き物はネメシスに抱き付くようになっていた。甘えるような低い唸り声を上げて、生き物はネメシスから離れない。
 生き物がネメシスを気に入っているように、ネメシスもこの生き物を気に入っている。
 この生き物が現れると聞こえてくる人々の悲鳴や泣き声は、ラクーンシティを思い出させるのだ。
 ネメシスは生き物の抱擁を受けながら、剥き出しの歯を噛み締めて、己に課された命令を思い出す。
――S.T.A.R.S.を始末しなくては。
 霧が濃くなって、ネメシスと生き物を包み込んでいく。背中で受け止めていた生き物の気配が消えて、闇が薄まり、遠くに鋭く光るフックが見えた。
 任務が始まる。S.T.A.R.S.を始末して、あの生き物の元に戻ろう。