チェスボードに置かれた白と黒の駒に視線をためて、顎に手をやり、唇を引き結んで考え込むホームズの顔を見詰めるのが好きだ。伏せがちの長い睫毛の下で、色素の濃い眸が瞬く様はとても美しい。彼の一手一手に集中できないのはこのすべてを見透かすような眸のせいだろうか。それとも、私が彼を男性として「意識」するようになってしまったからだろうか。
視線に気付いたのか、ホームズはわずかに顔を上げ、私を見据えた。
「観察をするのはよいことだよ」
そう言って口角を崩し、ホームズはナイトの駒に触れた。
意識をチェスボードに戻した時には、私の白のクイーンは取られていた。
「チェック」
「えっ」
視軸をキングに落とす。
ホームズのルークが迫っていた。
どうあがいても詰みだ。放り出したい気持ちになるが、ゲームは最後までやり遂げなくてはいけない。
キングを移動させる。
ホームズの手が伸びる。
駒が動いた。
そして、チェックメイト。
やはりチェスは苦手だ。でも、ホームズとチェスをするのは好きだ。勝てなくていい。けれど。
「ねえホームズ」
「なんだい?」
「次のゲームで私が勝ったら、今夜私と……ううん、なんでもない」
稀代の名探偵に勝てるわけもない――ごまかすように笑って、俯いて、駒を並べる。
「次のゲームで君が負けたら」
ホームズは一度言葉を切った。
言葉の続きが気になって顔を上げる。彼の眸がすぐそばにあった。香しいミントの香りがする吐息が鼻先にかかる。
「一晩、私と過ごしてほしい、マイレディ」
それは勝利宣言だったのかもしれない。
テーブルの載った手にホームズの手が被さって、顔が熱くなった。