Shall we Dance?

※リッチの本名を呼ぶことを赦されているナイトがいます
 2025年5月に出すナイリチ本が前提の話ですがこれだけでも大丈夫だと思います。

 あの奇抜な格好の奇妙な女がまた霧の森に現れた。
 彼女が何故エンティティの領域を自由に行き来できるのかは不明だが、人ならざるものであることは間違いない。彼女の目的は「仮面舞踏会」を開くことらしく、殺人鬼たちにも招待状が届いた。
 タルホーシュは仮面舞踏会に興味はなかった。あんなものは貴族のくだらないお遊びだ。たとえ生存者の死体の上で踊るものであったとしても、殺戮と破壊に満ちたこの森に優雅さなど必要ない。どうでもいい。
『忘れ去られた遺跡』の地下へ続く階段を降りながら、ふと、ヴェクナにも招待状が届いたのだろうかと思った。ヴェクナがこの霧の森にやってきてからあの女が現れたのははじめてだ。彼のことだ、鼻で笑っていそうな気もする。
 遺跡の地下の最奥にある部屋に辿り着いた。紫色の天井には、星や月の輝きよりも煌びやかな金色の魔法陣が浮いている。視線を右に向けると、獅子の絵が掛かった壁の前に立つヴェクナを見付けた。
「妙な女が私の元に来た。仮面舞踏会を催すと言っていた」
 タルホーシュは足を止めた。背中を向けたまま発せられた声に対してではなく、ヴェクナの姿がいつもと違ったからだ。
「女は血と絶望の薫香を知っていた。不条理な世界こそ真理だとも言っていた」
 ゆっくりと振り返った彼は、ドラゴンの両翼に似た荘厳な金色の冠を被っていた。冠の下部は髑髏を模した仮面になっていて、ヴェクナの皮膚のない顔の左半分を——仮面に引っかからないようにか、形のいい鼻がなく、縦長の穴がふたつ空いている——覆っている。剥き出しの上半身には、三角形や円形などの様々な形の豪奢な装飾品のついたチェーンが垂れ下がっていた。肋骨の間には、あの金と赤の書物が収まっている。腕には突起の付いた金のバングル、指には長い鉤爪があり、黄金と黒曜石でできたブレストプレートと、黒布があしらわれた藍色の長いローブが細い腰から爪先までを覆っていた。
「興が乗ってな。血塗れの祭祀に相応しいものにした。どうだ?」
 鉤爪の先で鎖骨の辺りにある青い宝石の嵌まった装飾品を撫で、ヴェクナは喉の奥で笑った。宝石の中には、夜空が詰まっているように見えた。
 タルホーシュは、遠い昔に街で見かけた名うての踊り子を思い出していた。男たちの視線を一身に浴びた踊り子は、両肩や太腿を覗かせて、宝石の散りばめられたチェーンを揺らして舞っていた……。
「そそる衣装だな」
「踊ってみるか?」
ヴェクナは片手を差し出した。タルホーシュは甲冑を鳴らして距離を詰めてその手を取り、細く括れた腰を覆うブレストプレートに手を回して抱き寄せた。
「踊るよりも、まぐわいたい」

 タルホーシュは、テーブルの前に立つヴェクナのなだらかな肩から、連なった美しい背骨に視線を滑らせた。肩甲骨の間を覆う分厚い筋膜が金の輪を固定し、そこから斜交にチェーンが伸びて上半身を一巡している。背中側には金縁に嵌められた青い宝石と金色の月桂樹の葉、そして、いくつもの小さな涙滴型の真珠がヴェールのように背骨に被さっていた。
 肩口に咬み付きたい衝動を抑え、タルホーシュはヴェクナの尻の辺りからローブを捲り上げていった。骨と骨を繋ぐ筋膜に包まれた細い足と、薄い肉の付いた尻が覗く。思わず喉が鳴った。まぐわう時だけは、ヴェクナは魔法で排泄器官と、腹の内側だけに臓腑を造り上げる。
 興奮を噛み殺し、タルホーシュはヴェクナにのしかかるように身体を密着させた。テーブルと甲冑に挟まれて、彼は小さく唸った。
「すまん……抑えられそうにない」
 手甲と手袋を外した利き手の先を唾液で濡らして貧相な尻の間を探り、タルホーシュは噛み砕けなかった興奮を熱っぽく吐き出した。交わるための孔を少しばかり乱暴にほぐしながら、兜をずらしてヴェクナの首の付け根に咬み付く。
「ハッ、まるで獣、だな」
 吐息混じりに溢し、ヴェクナは俯いてテーブルを見詰める。首の付け根に歯を立てられ、性的興奮が背骨を伝い上がった。全身が弛緩してしまうが、下腹部だけが引き攣るようにいやに力んだ。たっぷりと濡れた指が孔の縁を捏ねるように動き、内側の浅い部分を撫でる。抜き差しされると、粘膜が粘っこい音を立てた。生き物のようにくねる指はもう一本増え、狭い臓腑を確実に拓いていった。時々腹の中を指先でとんとんと叩かれると、背中が強張った。慣れたはずの行為だが、形を成さないエクスタシーはいつも不随意で、ヴェクナを甘く責め立てる。
「もう、いい。……挿入れろ」
 腹の奥が疼いて、ヴェクナは首に噛み付いているタルホーシュの兜の面頬を後ろ手で引っ掻いた。兜と鉤爪が擦れて、掠れた無機な金属音が生々しい空気を震わせる。
「もういいのか?」
「ああ」ヴェクナは首を巡らせた。「構わん」
「俺も限界だが」タルホーシュは甲冑の前垂れを捲ると、草摺をまさぐり、肉の剣を抜いた。「お前も限界か」
背中にあった重さが遠ざかり、突き出していた腰を片方掴まれ、尻に肉の剣が押し当てられた。切先が割れ目を往復し、ややあって、微かな圧迫感が造り出した臓腑を這い上がっていった。
「……っ、ふ……」
 排泄器官に食い込んでいくタルホーシュはゆっくりと肉襞を逆撫でして突き進み、臓腑の奥深くを暴いていった。ヴェクナはテーブルに手を突いて上半身を起こした。背中が反り、肋骨から垂れ下がったチェーンが揺れる。
「ヴェクナッ……」
 タルホーシュが腰を振りはじめる。テーブルが軋む音に、肉と肉がぶつかり合う淫猥な破裂音が混ざる。臓腑の最奥にある結腸を突かれ、目の前が閃光を見たかのように明滅する。獣のようにうしろから突き上げられるのは屈辱だが、それ以上にタルホーシュが夢中になって己を求めていることに悦を感じてしまう。なにより、得られる快楽は強烈なものだ。
 タルホーシュの片手が下から腹側に回って、指先が動きに合わせて規則的に揺れているチェーンに引っ掛かった。タルホーシュの短い爪の先に意識が向いた時——チェーンを引っ張られた。
「…………!」
 金の輪でチェーンと繋がっている背中の筋膜も引っ張られ、感じたことのない刺激がヴェクナを襲った。全身を駆け巡る微弱な痺れは、敏感になった神経を削り取っていく。ヴェクナは咄嗟にタルホーシュの手を引き剥がそうとしたが、再び弛んでいたチェーンが張ってしまった。ひりついた刺激が反射のように肋骨の一本一本に広がっていった。感じたのは極致感の一片だった。
「今、感じたよな?」
「……だま、れっ……」
 荒々しく動いていた腰が止まったかと思うと、長いストロークで前後しはじめた。欲望を発散するだけではない動きだった。ヴェクナは顎を硬くさせたが、また肩口を甘咬みされて、噛み締めた歯の間から長い息が漏れた。
 深く挿さった肉の剣が抜け落ちそうなところまで引いて、一息に突き挿れられた。容赦なく結腸を突破された時、快楽が弾けて、ヴェクナは声も出せずに小さな死を迎えた。全身に極致感が巡り、目の前で影が舞い、総身が痙攣する。
「~~~~~っ、ぅ、ぐっ」
「っ、締まるな……」
うねり攣縮する体内の締め付けに息を弾ませ、タルホーシュは男の本能のままに抽迭を叩きこむ。
「タル――ま、て、今っ、……っ、あっ、ぁ、くそっ……!」
 腹の中を突かれる反動で喘ぎ声が出ることに苛つきながら、ヴェクナは顔を顰めた。胸では重力に従って垂れ下がったチェーンが揺れている。装飾品が重なる音。互いの息遣い。媚肉の破裂音。テーブルが軋む音……血が通った交わりは激しさを増した。
「本当に、そそる衣装だ」
 身体を強張らせて背骨を反らすヴェクナの肋骨に腕を回して抱き、タルホーシュは囁いた。価値の高い宝石や煌びやかな飾りが肋骨に当たる音が耳朶をくすぐる。性的興奮は最高潮に達しそうだった。
「……射精そうだ」
「ぐ、ううっ……タル、ホーシュ、ま、て、私がっ、持たんっ」
「何度でもイけばいい」
 兜の下で息を乱し、タルホーシュはヴェクナを抱く手に力を込めた。熱くとろける体内を突き上げて――絶頂した。瞬発的に込み上げた射精感に恍惚すら感じた。腕の中で、抱き締めた身体が震えている。
「……タルホーシュ……」
 快楽の泥濘に足を取られ、ヴェクナは縋るようにタルホーシュの手に自身の掌を被せ、掠れた声で名を呼んだ。その間にも、濃い精液は間歇的に噴き上がり、彼の腹を満たしていった。

「お前は金色が似合うな」ヴェクナの肋骨に被さる黄金でできた装飾品を手弄りながらタルホーシュは続ける。「この夜空のような色合いの宝石もお前に合っている」
 チェーンごと引っ張ると睨まれるので、菱形の青い宝石に慎重に触れて傾けた。宝石は、角度によっては淡い青にも濃い青にも見えた。
「これはかつて、祭祀で纏った衣装だ」
「どんな祭祀だ?」
 タルホーシュは宝石から彼の目に視軸を上げた。闇を薄めたような双眸は美しかった。
「大勢が私にひれ伏す中、ひとりの信者が祝福を求めてきた」
 ヴェクナは右手を持ち上げた。すると、音もなく、一振りの短剣が現れた。鋭い刃は魅惑的な輝きを秘めていた。短剣は宙に浮いたままゆっくりと回転した。
「信者は殺し合った。中々見ものだったぞ」
「それで、生き残った奴はいたのか?」
「いた」短剣の回転がぴたりと止まった。「顔の半分が形を留めていなかったが、生きていた」
 短剣の切先が燭台の燈を反射させて怪しく光った。
「私はこの短剣で、望み通り祝福を与えた。寺院の中はようやく静かになった」
 祝福がどういったものなのか理解して、タルホーシュは瞬きを忘れた。子供の頃に見た光景が、真っ赤な興奮となって眼球の裏で火花を散らす。やはり、ヴェクナだけが己が求める理想の光景を知っている……。
「この森で開かれる血塗れの祭祀は、この短剣を振るおう」
 ヴェクナが手を握ると、短剣は煙のように消えた。
「仮面舞踏会に興味はなかったが、お前がそういうのなら、俺も参加しよう。死体の上で踊るか。なんなら、血溜まりの上で優雅に回ってやってもいい」
 タルホーシュの冗談に、ヴェクナは喉を震わせて笑った。
「踊るか?」
 鉤爪のついた長い指が伸びてきた。
 招待状に「パートナーが見付かるといいわね!」と書き添えられていたことを思い出しながら、タルホーシュは迷うことなく彼の手を取った。
「ああ。踊ろう」