寵愛

「足りぬ」
 それはひどく不機嫌そうな声だった。
 眠気でなんとなくぼんやりしていた意識はすぐに覚醒し、反射的に、目の前で窮屈そうに身を屈めているイヴァンを見上げる。彼はいたく憤慨しているようにも見えた。
「立香、何故もっと余に魔力を回さぬ。これでは足りぬではないか」
「ああ、そういうことですか……」
 ほかのサーヴァントと同じく、彼にも電力を通して魔力を供給しているが、彼は巨躯であり――なにより貪欲だ。
「汝の魔力を余に与えるがよい」
「そうは言われましても……どうしろと……」
「その身を余に捧げるのだ。余の寵愛を受けるよい機会ではないか」
「えっ、それはつまり……?」
「余とまぐわえ」
「ま、まぐわう……」
 復唱する声が震えた。薄いパジャマの下、胸の内側で、心臓が大きく跳ねた。ほかのサーヴァントと、キスをすることで魔力を供給したことはある。だが、己はまだ誰とも枕を共にしたことはない。それ以前に、イヴァンとの体格差からして、性器への挿入は無理に等しい。それは彼もわかっているだろう。
「どうすれば……いいですか……」
 ベッドに腰掛けたまま意を決して問い掛ければ、彼は鼻を鳴らした。
「汝は余に身を委ねるがよい」
 大きな掌が腰に回った。危うげな炎が腹の底に灯る。太い指に顎を持ち上げられ、ごくりと喉が鳴った。
「面倒だ、許せ、マスター」
「え?」
 彼はパジャマの襟元を引っ掴むと、強引に左右に引っ張った。連なっていたボタンが一瞬ですべて弾けて、ベッドや床に四散する。ああ、お気に入りのパジャマなのに。
 胸からヘソまで剥き出しになった。羞恥心が込み上げたが、飢えたサーヴァントを止めることもできず、あっという間にパンツも下着ごと脱がされた。
「ちょっと! ふ、雰囲気とか、そういうの、ないんですか?」
 無造作に衣服がベッドの下に落とされる。
「雰囲気、か」
 胸を押されてベッドに押し倒される。イヴァンの濃い影がかぶさってきた。
「早急に、汝を味わいたいのだ」
 耳に馴染む低い声は憎たらしいほど涼しく、しかし、腹の底で燃える不安定な炎を煽るのには十分すぎるほどの色香があった。
 弾力のある大きな手が、乳房を包み込む。巨躯に似つかわしくないほど弱々しい力で揉まれ、身体が弛緩する。
「……ッ、ん」
「初々しいな。汝は、処女か」
「……そう、ですけど」
 寄せ上げられた乳房の先端を指の腹に押され、強弱をつけて転がされた。分厚い指の下でくにくにと動いていた蕾は、愛撫を悦ぶように、ぷっくりと膨れて赤く熟れた。
「……ッ、…………!」
 胸の甘い痺れは、羞恥心を呑み込んだ。顔を逸らして口元を手の甲で覆う。漏れる吐息が熱い。
「不快か?」
「いえ……きもち、いい、です」
 イヴァンの手が離れると、乳房が揺れた。芯を持った先端は、いやらしくも、主張するように、つんと尖っていた。
「よい表情をする」
「ん」
 イヴァンの親指が口腔にねじこまれる。太い指は歯列をなぞり、舌を押し、繊細な粘膜を蹂躙した。
「指を吸え」
「ん、ぅあ、ん」
 言われた通りに指を吸う。粘膜と指の間でぬちゅりと唾液が鳴った。
 指を吸っている間に、折り曲げた足の間にイヴァンの手が割りいった。掌は太ももを撫で、まだ誰も触れたことのない女の部分に触れた。媚肉の間が潤んでいるのは、自分でもわかった。
「あっ――」
 宛てがわれたイヴァンの中指を、胎内はゆっくりと迎え入れた。男性器とは違うが、彼の指はそれ以上に太く、長く、逞しく、凶悪だ。
 身体が硬直する。喘いだ。純潔はこうもあっさり散るものなのか——。
「んん、や……ああ!」
 腹が波打った。イヴァンの指は、確実に胎内を割っている。異物を拒むように狭まる胎内を、指はゆっくりとほぐしていく。臓腑が焼けるように、下腹部が熱い。
「はあ――」
 不意に口腔を犯していた親指が引き抜かれ、唾液の糸が舌先からイヴァンの指先を繋いだ。
 糸が途切れ、親指はそのまま乳首を詰った。ねっとりと濡れた指の腹が乳首を掻くと、味わったことのない快楽が理性の糸を揺さぶった。
「……まって、あ、あ、ああ!」
 股座が熱く疼いた。開ききった足の間で、いつのまにか、イヴァンの肉厚な手が緩やかに前後に動いていた。
 上向きの掌が濡れた尻に当たるたび、ぱちゅぱちゅと激しい音が跳ねた。
 媚肉から溢れた愛液はイヴァンの指に絡みつき、ぬちゅぬちゅと淫猥な水音を弾ませる。生々しい肉と肉のぶつかりあいは、まさしく性行為そのものだった。
 ベッドの足が軋む音に、荒い息遣いが混じる。
 喉を反らし、シーツを掴み取って、与えられる快楽に呑み込まれないように耐える。熱に浮かされた頭では、何も考えられない。
「あ、んあ、あぁっ……! あっ、あっ……!」
 押しては引いていく圧倒的な質量と熱量に、息が上がる。誰にも拓かれたことのない腹の中を、別の生き物が食い散らかしているようだった。
 開いた口から情けない声が出ないように歯を食い縛ろうとするが、イヴァンはそれを許さなかった。口を覆った手を剥がされ、シーツに縫い付けられる。発したこともないみだらな声は、部屋に響いた。
 抜き差しに合わせて乳房がたゆむ。身体が汗ばんできて、髪が頬に張り付いた。
「汝に悦びを教えてやろう」
 深々と突き立てられた中指に上壁を擦り上げられた。途端に白光を見たように目の前が真っ白になり、腹の底を焦がしていた快楽の炎が一気に脊髄を駆け上がった。
「〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「ほう……ここが、よいか」
 腹の内側を強く叩かれ、喉が反った。
 媚肉はイヴァンの指に絡みつき、胎内は彼の指の形を覚えようとするかのように攣縮する。ぬめる指は応えるように、胎内をこねくり回す。
「やっ……やだ、へんな、感じっ……!」
 奥を何度も突かれ、意識を手放してしまいそうになる。たまらなく気持ちがいい。己が成熟した女であることを思い知らされる。
「奥に当たっているのがわかるか?」
「んっ、あん、わか、る、もっと、して、気持ちいいの……」
 思考はとろけ、呂律が回らなくなっていた。
 要である魔力の伝達については、もうどうでもよくなっていた。
 イヴァンの手がくねり、指先は最奥を刺激する。
「それでよい。余の寵愛を望み、余を求め、法悦に乱れよ」
 イヴァンの言葉に、自嘲気味に笑う。もしかしたら、貪欲なのは、己も同じなのかもしれない――。
 目を閉じて、今だけはすべてを忘れて、長い夜を喰らうことにした。