ヒルビリーに、星を見ようと誘われ、『オートヘイヴン・レッカーズ』に集まった。
どうやら、彼は流れ星を見たいようだった。「流れ星が消える前に願い事を込めれば叶う」と、『カラスの巣』で見つけた本——カルミナがそんな御伽話を綴った本を持っていることは意外だったが、芸術家にとってファンタジーは愛するべきものなのかもしれない——で読んだらしい。
もちろん、この箱庭のモデルとなった記憶の持ち主であるフィリップ・オジョモには、時間の概念がないこの場所では流れ星は見えないということはわかっていた。しかし、フィリップはヒルビリーといたかった。ドラム缶で作った即席のストーブで暖をとりながら折り畳み椅子を並べて、ぬるいコーラと冷めたピザを食べながら、何気ない話をして、夜空を見上げて穏やかなひとときを過ごしていたかった。
「レイスは流れ星になにをお願いする?」
チーズが固くなったピザに齧り付きながらヒルビリーが言う。フィリップはほうっと息をついて「そうだなあ」天を仰いだ。夜の帷は色濃い。真の闇は、星の瞬きすら打ち消してしまいそうだ。その様はまるでエンティティが希望を呑み込むのと同じに思えた。
「すぐには浮かばないな……ビリーはなにをお願いするの?」
弱々しく明滅する星から顔を逸らし、フィリップは微笑みを浮かべて隣を向いた。
指についた脂を舐めて、ヒルビリーは「俺は決めてる」ゆっくりと語を継いだ。「俺は、レイスとずっと一緒にいられますようにってお願いする」
きっと叶うよとヒルビリーは結んだ。
「うん、そうだね」
フィリップは泣きそうになるのを堪えて、曖昧に頷いた。
希望というものは、神の気紛れで呆気なく潰えることをフィリップは知っている。堕ちていく星に願いを込めるのは無意味であることも知っている。祈るだけ無駄であることも知っている。それは故郷で散々思い知った。希望も願いも、祈りも届かない。それでも今この時間だけは、希望の灯火を胸に宿してしまう。
どうか、大切な人とずっと一緒にいられますように。
どうか、俺の隣にいる愛する人が消えませんように。
どうか、どうか——。
椅子の肘掛けを強く握り、フィリップは歯を食い縛る。
この胸の希望すらエンティティは食い尽くすだろう。この森では希望は石ころのように価値がない。己で望みを叶えるしかないのだ。それならば、掴み取ってみせようとフィリップは思う。愛する者と共にいられるのなら、この手はいくら汚れてもいい。
——ビリーと一緒にいられるなら、人を殺し続けよう。
遠くで血のような赤い星が瞬いた。赤い星はふたりの頭上を滑り落ちて、やがて燃え尽きた。