アレキサンダー×褪せ人♀

 アレキサンダーとケイリッドの地で再会したのは、夜も更けた或る晩のことだった。彼は赤獅子城を出た後、道に迷ったのだという。もう夜も遅いので、よければ一緒に野宿をしないかと提案すると、彼は「長い夜を友と過ごすのもいいな」と笑った。
 獣道から外れた拓けた場所で火を起こした。赤く腐敗した土地で夜を明かすのは初めてだった。干し肉とフローズン・レーズンを水で流し込み、横になって眠るために兜と鎧を脱ぎ、首のうしろでひとつに編んでいた髪も解いた。動いやすい軽装は、風通しもいい。
「貴公は美しいな」
 火の前に座り直すと、火を挟んだ向こう側で、アレキサンダーがぽつりと呟いた。
「……きれい? 私が?」
 他人からの賛辞には慣れていないが、アレキサンダーからそう言われるのは素直に嬉しかった。照れ笑いを返すと、アレキサンダーはまじめ腐った声音でもう一度「ああ、貴公は美しい」と言った。
「俺の故郷では色とりどりの珍しい花が咲いていた。他にも旅をして色んな花を見てきたが、貴公の方がずっと美しい」
 かあっと顔が火照った。友として、否、女として見てくれているのかと思うと、甘い期待が胸の内側を満たした。
「あ、あんまりそういうこと言われたことないから……照れるな……ありがとう……」
 髪を一房耳に掛け、ちらりとアレキサンダーを見やれば、壺人である彼は、変わらず腕を組んで堂々としている。熱烈な視線を感じているような気がするのは、自惚だろうか。
「……っ、も、もう寝るね」
 照れ臭さを隠しきれず、地面に敷いた薄手の毛布に身体を横たえ、のろのろと焚火とアレキサンダーに背を向けて目をきゅっと閉じる。心臓が大きく跳ねていた。
 疲れているはずなのに、その夜は中々寝付けなかった。

 ガアアと耳をつん裂くようなカラスの鳴き声で目が覚めた。この土地には大きな怪鳥がいたのを思い出しながら慌てて身体を起こし、剣をとって辺りを見回す。遠くでカラスが鳴いているだけで、脅威が差し迫っているわけではなかった。
 ホッとして、なんとなくアレキサンダーの方を見る。勢いの弱まった焚火の奥で、彼は寝る前に見たのと同じ体勢で小さな鼾を掻いて眠っていた。壺人も鼾を掻くのかとしみじみと眺めていると、唸り声に似た鼾が不意に途切れ、アレキサンダーが身じろぎした。
「ん……おはよう」
「おはよう、アレキサンダー」
「よく眠れたか?」
「うん、ぐっすり寝た」
 座り込んだまま両腕を突き上げてううんと伸びをして鼻から深く息を吐き、ひとまず身支度を整えようと鞄から櫛を取り出す。長い髪は編んでしまった方が楽だ。
 髪紐を咥えて髪を梳いていると、「俺が結ってあげよう」アレキサンダーが手招きした。
「できるの?」
「三つ編みにすればいいのだろう? 俺はこう見えて器用だ」
 人間が喉の奥で笑うのと同じく、アレキサンダーはくつくつと笑った。
「……じゃあ、遠慮なく。お願いします」
 アレキサンダーの足の間に移動して、背中を向けて腰を下ろす。誰かに髪を結いてもらうなんて、子供の時以来だ。少し、照れる。
 アレキサンダーの指がたっぷりとした髪を持ち上げる。ざらついた彼の指が時々頸に触れた。背中まで垂れた髪を、彼はしっかり編んでいく。
「これでいいだろうか? 思ったよりも難しいものだな。貴公のようにうまく結えなかった」
 首のうしろに触れてみる。アレキサンダーはきっちりと編んでくれていた。晒された首に風が当たって涼しかった。あのアレキサンダーが結ってくれた髪。嬉しくて頬が崩れてしまう。
「大丈夫。ありがとう」
 首を巡らせて微笑むと、アレキサンダーは安堵したように「そうか」吐息混じりに言った。
 毒に侵され、日の差さぬ地で迎えた朝は、眩しく、穏やかで、優しかった。