ロボットであるハックスは、生まれてはじめて動揺した。
『トーバ着陸地点』に現れたのは、下等で下劣で最悪の種族である人間ではない。
得体の知れない歪な生き物だ。
スキャンしてみると、生き物はいくつもの遺伝子を持っていた。それはほぼすべてハックスの嫌う人間のものだが、それは生き物元来のものというよりも、生き物の丸まった背中と癒着した髑髏のように、くっついているだけのように思えた。
「お前は、何者だ?」
ハックスは生き物に問い掛けた。
生き物は、影のような胴体から伸びた長く歪な頭をちょっとだけ傾げて、ぎょろりとした丸い目でハックスを見た。頭の下の方にある、開いたジッパーのような縦長の口がもごもごと動くが、答えは返ってこなかった。
「お前は、どうやって生まれた?」
生き物は、やはり答えなかった。代わりに音もなくぬるりと近付いてきた。ハックスは反射的に二三歩退いた。
完璧なこの私が、恐れを抱くなど!
プライドを傷付けられた気がして、ハックスは唸り、退いた以上に生き物と距離を詰めた。
二体はじっと見詰め合った。生き物はハックスのモジュラー型の爪に似た右手をぷらぷらとさせている。
ハックスは再び生き物をスキャンした。やはり、数え切れないほどの人間の遺伝子ばかり――よく調べると、馬のものあった――だ。
もしかしたら、この生き物も人間を取り込んで自身を形成し、進化しようとしているのではないか……?
ハックスは恐る恐る生き物に近付いた。
「……お前も、私と同じなのか?」
生き物は答えない。沈黙だけが二体の間を走り抜ける。
「私と同じなら、同胞として認めてやるが……」
生き物はハックスの言葉の途中で踵を返し、近くにあったロッカーを開けると、巨躯を器用にくねらせて中に入り、影の中から伸びた数本の肉色の手でドアを閉めはじめた。蝶番を軋ませて締まるロッカーを前に、ハックスのプライドはまた傷付いた。
「私の話を聞け」
ハックスは生き物が入ったロッカーを荒っぽく開けたが、中にいるはずの生き物は消えていた。
ハックスがロッカーを隅々まで調べていると、隣のロッカーが開いて、先程の生き物が飛び出してきた。
「私をからかうな」
ロッカーを締めて、ハックスは生き物を逃がさないように短い足を踏みつけた。
「お前に興味が湧いた。お前よりも私が優れていることを証明するまで、私はお前から離れない」
影の中から触手のように腕が伸びてきて、ハックスの顔に触れた。まるで観察するかのような手付きだった。ハックスは爪の背で生き物の手をはらいのけた。
「私を取り込もうと思うな。逆に私がお前を取り込んでやる」
生き物ははらいのけられた手を身体の内側にしまい込むと、またロッカーを開けた。
「待て、行くな、お前の遺伝子を調べさせろ」
狭いロッカーに、二体は雪崩れ込んだ。生き物はそこではじめて意思表示をするように首を振った。それでも、ハックスは生き物を離すつもりはなかった。