ジェイコブ×プラット

私はお前とともに生きてはいけない。お前なしには生きてはいけない。
――マルティアリス

 

【春雷】

 雪に覆われ深い眠りについていた山にも、命が芽吹く季節がやってきた。
 あたたかい山背が木々に吹きつけ、厳しい冬の終わりを告げていく。住み着いた動物たちも、春の気配に息づいた山を生き生きと駆け、長閑な季節のはじまりを喜んでいることだろう。
 柔らかい日差しの下で凍っていた時間が緩やかに動き出すのと同じく、彼の心を覆う氷も少しは溶けてくれればいいのだが。
 鹿狩りのために山に入って、かれこれ半刻は見てきた広い背中に視線を溜めてそんなことを思うが、彼は――ジェイコブ・シードはそんな生易しい人間ではない。それを他の誰よりも知っているのに、未だに心のどこかで慈悲を与えられるのではないかと期待している自分がいる。
 生ぬるい風が吹いて、足元に溜まっていた虫食いだらけの枯葉が流されていった。
「雨が降りそうだな」
 黙々と歩いていたジェイコブが立ち止まって天を仰いだ。
 足を止めて彼に倣って空を見れば、先ほどまでの穏やかな空模様から一変して、灰色の厚い雲が広がっていた。
 ぽかんとしたまま色の欠けた景色を見上げていると、一刹那、閃光が走って視界が真っ白になった。直後に重苦しい殷々とした雷鳴が耳朶を打った。
 枯れ枝の間から落ちてきた雨粒が顔にあたる。降り出した雨は急速に勢いを増した。体温が瞬く間に奪われる。
「ジェイコブ、雷が――」
 急に心細くなってジェイコブのそばに寄る。向けられた眼差しは相変わらず冷ややかだった。温情どころか、親しみというものがない。もう慣れたことだが。
「春雷だ」
「え?」
「冬が終わる」
 彼はライフルを手にしたまま、また空を見た。それから、目を閉じた。険しい顔に一握の安らぎの表情が窺える。
 眩い光が辺りを包んだ。ジェイコブの姿が一瞬逆光に浮かぶ。稲妻がホープカウンティの空を裂き、轟音が空気を震わせる。
 腹にまで響く落雷の衝撃に身体が強張った。
 ジェイコブの瞼がゆっくりと持ち上がった。
「じきに春が訪れる」
 絶え間ない雨音の中でも、彼の声は不思議とよく聞こえた。
 ジェイコブは空を見るのをやめた。鼻先や顎髭から雨水が連なって滴り落ちる。
 濡れた横顔から視線を外すことができない。こうしている間にも指先が冷えていく。ジェイコブの体温が恋しい。
「……ジェイコブ」
 名前を呼んで歩み寄る。手の届く距離になって、腰にジェイコブの手が回った。抱き寄せられて水を吸った服が重なる。衝動を抑えられなかった。ジェイコブのジャケットの襟元を引っ張って、咬みつくようにキスをする。
 舌先が絡む。
 雷が落ちた。
 春の嵐が、近付いている。

 
 


 【夏暁】

 うだる暑さの中寝苦しさに目が覚めた。
 折り曲げていた足と丸めていた背中を伸ばして、片手を突いてゆっくりと身体を起こすと、開け放った窓から 昧爽の風が吹き入って火照った肌をくすぐった。
 夜半にジェイコブに抱かれて間もないからか、まだ腹の中がじんじんと疼き、腰が重たい。
 ベッドの端に座り、溜息を吐く。下着一枚しか身に着けていないのにすごぶる暑い。足裏をちくちくと刺激するざらついたカーペットの方がシーツよりも冷たく感じた。
 窓の向こうのほの白い空を見据えていると、うしろから名前を呼ばれた。肩越しに振り返ると、隣で身体を横たえていたジェイコブが起き上がっていた。
「起きてたんですか」
 いつから、と訊くのはやめた。彼はおそらく、最初から眠っていなかったのだ。
「眠るよりも咬みつきたくなった」
 ジェイコブのぎらつく眸の奥に、燃え切らずに燻ぶる情欲の一片を見た。
 ぬるくなったシーツに身体を投げ出すと、大柄な影が被さってきた。
 唇に押しあてられた少しかさついた指先を軽く咬むと、隙間から指の付け根まで口腔に捩じ込まれた。舌を絡めて丹念に吸って、唾液をまぶすように舐めていく。
 たっぷりと濡れた指は下肢に滑り、精液で湿ったままの粘膜の窄まりにあてがわれた。指は撫でるように動いて、やがて真ん中で止まり、内側に押し込まれた。刹那の疼痛に身震いして、眉を寄せて唇を引き結ぶ。
「……あ、う、……ぐ」
 下腹に力を入れないように深く息を吐いた。一息に奥に滑り込んだ指は臓腑の隙間をこねくり回すように動き、時間を掛けてゆっくりと腹を拓いていく。
 汗のにおいと男の体臭が混ざり合った空気は官能に染まって、蒸し暑い夜の名残を色濃く染め上げていった。
 固く閉ざされていた肉の門は柔らかくなって、二本目の指をあっさりと根元まで受け容れた。突き立てられた指を締め上げる肉の輪は、さらに奥を突かれることを貪欲なまでに欲している。
「あッ……くッ」
 体内を往復する指に上壁を擦られ、勁烈な刺激が腹の底から頭の天辺まで突き抜けた。ジェイコブの身体を挟んでいた足が痙攣し、下腹が疼き出す。
 生理的な涙で潤んだ目を下肢に向けると、萎えていた若い性が膨らんで、いつの間にか天井を向いてみっともなく先走りを垂れ流していた。
 指が引き抜かれ、そのまま膝裏を掴まれ足を広げられた。ジェイコブの肉厚な掌は熱かった。彼は足の間に深く割り込むと、下着を下ろした。
 雌孔に成り果てた粘膜の出口に種を植えようと怒張した凶悪なものを前に、喉が鳴った。甘い期待が肌の下で渦を巻いている。
 ジェイコブを受け容れてからは、身体を貪られることを厭わなくなった。認めたくはないが、彼から与えられる快楽を悦ぶようになってしまった。
 彼がこの変化を知っているかはわからない。
 知ってほしくない。知られたくない。
 薄く開いた唇の隙間から肺にこもった熱を放つ。内側から捲れてぷっくりと膨らんで切なげにひくつく孔に生々しい弾力が押しあてられるが、すぐには挿入されなかった。ジェイコブはもったいぶったように、あてがったものを擦りつけては離す。
「焦らさないで……」
 声を振り絞ると、吐息混じりの笑い声が返ってきた。
「欲しいか?」
 ジェイコブの言葉は炎陽のように肌を灼いた。
 小さく何度も頷くと、ついに待ち侘びた刺激が背骨を貫いた。
「あ……!」
 猛々しいペニスはぬぷぬぷと肉の間に沈んで、隙間なく体内を埋めていく。腹を満たす圧迫感に喘いだ。気持ちよさよりも苦しさが勝る。
 とうとうジェイコブの下生えと自身の会陰が重なった。
 体内の感触を確かめるように、ジェイコブは腰を止めたままだ。下腹から四肢の末端までじわじわと広がっていく鈍い痺れに眩暈がした。
 ジェイコブはペニスの先端で奥を詰るように、突き出した腰を押しつけてきた。腹の内側を叩かれる衝撃に喉が引き攣る。
 彼の両腕が突っ張って、抽迭がはじまった。ベッドの足が軋む。情けない声が出て、止まらなくなる。
 血の通った抜き差しはスムーズだった。気持ちがいい。生身の肉と肉がぶつかっては離れ、尻たぶに彼の重量感のある睾丸が叩きつけられては、ばちゅんと粘っこい音が弾む。削り取られたエクスタシーが溶けはじめて、腹の底に溜まりを作り、煮えていく。
 ジェイコブの首のうしろに手を回すと、首筋を軽く咬まれた。強張っていた腹の筋肉が緩んで、体内はもっと奥に彼を招き入れた。
「あ、ぅ、あ、あッ」
 ジェイコブの腹の横から隆起した肩甲骨に腕を回してしがみついて抱き寄せる。彼の首から下がったドッグタグのチェーンが弛み、二枚のプレートが火照った胸に乗る。互いの息遣いが重なって、距離の近さを感じた。
「……ッ、う、ん」
 腹の奥をごつごつと突くジェイコブの腰使いに息も絶え絶えになった。意識がとろけてなにも考えられなくなる。沸点が近い。
 腹の中が熱い。
 気持ちがいい。
 ひどく苦しい。
 助けてほしい。
「ジェイコブッ、ぁ、う……ん、あ、ジェイコブ……!」
 無我夢中で名前を呼んでしがみついた。
「……んッ……」
 腹の底に溜まっていたエクスタシーがせり上がって爆発した。
 押し寄せた極致感に仰け反る。腹の上で小刻みに揺れていた自身から、間歇的に白濁が噴き出て飛び散った。息が詰まった。声が出ない。丸まっていた爪先がピンと張った。
「…………ッ、ぁ」
 打ちのめされた身体に必死に酸素を取り込んだ。
「へばるなよ」
 ジェイコブの手が膝裏を掴み取った。背骨が丸まって尻が浮き、膝頭が胸に乗る。結合部が丸見えになった。いやらしく濡れた肉色の亀裂を蹂躙されている。奥を突いていた動きが、持ち上がった尻を圧し潰すピストンに移った。
「あ、ぅ、だめ、奥ッ、あたってるからッ、やめ――」
 容赦ない追い打ちに悲鳴を上げた。身を捩ってもジェイコブからは逃れられない。
 深々と腰を落としたまま続いた浅いストロークは、やがて苛烈なものへと変わり、股座がぶつかる度に重い振動が腹に響いて、繋がった肉体の下で、ベッドの足が耳障りなくらいぎちぎちと鳴った。
 濁った声を垂れ流し、意識が飛びそうになった時、いっそう深く腰を落としたジェイコブが体内で弾けた。肉の間で昂ぶりがどくどくと脈打っている。腹の中に種を注がれる得体の知れない感覚に喉が反る。
 孕むわけがないのに、雄としての本能なのか、ジェイコブは蒔いた種をより奥へ擦り込むように腰をゆっくりと突き動かした。
 勢いをなくしたペニスがまろび出て、ぱっくりと開いた肉色の粘膜の間から、間遠な呼吸に合わせて中に出された快楽の残滓が溢流し、シーツを汚した。
 熱に浮かされた頭を傾けると、いつの間にかすっかり窓の外が明るくなっていた。
 惨めな自分が太陽に暴かれてしまうのが厭で、顔をしかめて反対側へ顔を向ける。
 清々しい朝の風が、倦怠感に満ちた寝室に滑り込んできた。

 【秋冷】

 実りのある豊かな季節だからだろうか、秋というのは、なにごとも旺盛になるものだ。
 特に食欲。
 厳しい冬を前に栄養を蓄えた獣の肉は美味い。つい好んで食べてしまう。食べることで精力がついて性欲も刺激されてしまうのは些か困るものだが、今は発散するのに都合のいい相手――プラットがいる。
 腹の底で煮える昂りを抑えるつもりはない。だからプラットを夜更けに部屋に呼び、ベッドに組み敷いて犯している。
 プラットの背中はじっとりと汗ばんでいた。平たい腰を抱え込み、悩ましげに持ち上がった肉厚な尻に何度も欲望を打ちつける。枕に顔を埋めて、シーツを握り締めて、体内を突かれて悲鳴に似たか細い声を上げる様は性的興奮をあおる。
 体内は湿っていてあたたかい。慣らした孔は内側から捲れて桃色の粘膜を晒し、出入りを繰り返すペニスを離さない。排泄器官というよりも性器だ。極上の。 
 ペニスが孔から抜け落ちそうになるギリギリのところまで腰を引いて止め、縁から奥まで一気に貫いてやる。尻たぶと睾丸がぶつかる破裂音がプラットの苦し気な喘ぎ声を掻き消した。
雁首が肉襞を逆撫でして前立腺を挽き潰し、肉の間を掻き分けて突き進んだ先端が行き止まりに激突すると、プラットは全身を痙攣させてひときわ大きく声を漏らした。
 ペニスを根元まで埋めたまま、突き出した腰をグリグリと押しつけて泣き所を探る。
「あッ、あ、あぁ……! ~~~~~~ッ!」
 媚びるような嬌声だった。手を緩めることなくぶちあたった壁をつついてやる。うねる臓腑が収斂を繰り返し、体内はますますきつく締まった。
 身震いするほどのエクスタシーが弾けて、射精を迎える。
 股座を密着させたまま最奥に放熱して、さらに奥へ注ぎこむように腰を揺する。射精を終えても性器はまだ硬い。
 プラットの下腹を抱え直して、繋がったまま抽挿を再開する。吐き出したばかりの精液が抜き差しに合わせて掻き出される。濃い白濁がどっぷりと結合部から溢れ出るのにも構わず腰を打ちつける。
「あぅ、う、あぁ、も、もうやだ、ジェイコブ、やめ、てッ、壊れるからッ……!」
 身を捩るプラットの頭を枕に押さえつける。彼は横を向いて、必死に呼吸を繰り返し、呻いた。泣いている。
「壊れる?」
 せせら笑って、下腹に力を込めて奥を突いた。
「それにしてもここはよく締まるな」
 どちゅっと重く粘っこい水音が弾けて、プラットの嗚咽に被さった。
「食い付いて離そうとしないぞ」
 前屈みになって耳元で囁き、肩口に歯を立てて腰をくねらせ、奥を刺激してやる。快楽の淵に追い詰められた彼は、みっともない声を上げて身体を弛緩させた。
 溢れた精力がそうさせるのか、はたまた身体の相性がいいからなのか、摩擦で火照った肉体は果てを知らない。
 拓いた腹に二度目の種蒔きを終えて一度引き抜いた。
 息を詰めたプラットは力なく崩れて、うつ伏せのまま弱々しく喘いだ。括れた幅の広い腰と丸い尻が魅力的だ。僅かに開かれた足に手を伸ばし、尻たぶを鷲掴みにして左右に引っ張ると、真ん中で窄まった孔がぷっくりと膨れていた。逆流して漏れ出た精液が孔の縁で泡立っている。
 官能をそそるみだらな場景に深く息を吐いて、渇いた唇を舌先で舐める。
 まだ犯し足りない。
 血管を浮かせて勃起したペニスの先端を孔にあてがう。
「――あ」
 プラットの肩が小さく跳ねた。
「あ、……ッ」
 精液でぬめって、挿入はスムーズだった。
 プラットの肩の横に両手を突っ張って、小刻みに腰を上下に揺すった。激しい抜き差しから圧し潰すような勢いのないピストンに変わって、男ふたり分の体重を受けたベッドのマットレスが浮き沈みを繰り返す。
「ん、ぁ、あッ、ジェイコブ、あ、ぅ」
 快楽の沸点を迎えてなお責め立てられても、プラットは気を飛ばさなかった。すっかり萎れて、されるがままだった。
 下肢は汗と精液でぐちゃぐちゃだ。こんな風に長い時間交わったことはない。噎せ返るほどの生々しい性のにおいが、肌寒い空気に混じって思考を鈍らせる。
 三度目の吐精を終えると、さすがに性器は萎えた。
 腰を引いて離れると、プラットは緩慢に寝返りを打って、羊水に浸かる赤ん坊のような体勢になって身体を縮こませた。体内に何発も出した精液が、閉じ切らずにひくつく孔から太く白い筋を描いてシーツに染みを作る。
「もったいないだろう。蓄えておけ」
 タンパク質の豊富な粘っこい溜まりを指の腹で掬い取って、肉色の粘膜に押し戻す。
 プラットは折り曲げた足をさらに引き寄せて肩を震わせた。
 窓から見える夜の幕に引っ掛かっていた黄金色の満月が叢雲に覆われ、暗くなった部屋にプラットの惨めな啜り泣きが響いた。 

 【寒夜】

 暖炉の前で、ロッキングチェアに腰掛けてうつらうつらしていると、くべた薪が大きく弾けて意識に被さっていた眠気が遠のいた。
 瞼を持ち上げると、開拓時代から時が止まったような暖炉の真ん中で、盛った火が踊っていた。
 肘掛けに置いていた手を膝の上で組んで火を見据えていると、すぐそばで壊れかけの椅子に座らせていたプラットが居心地悪そうに身じろいで、背筋を伸ばした。
「火の勢いが強い」
 それは独り言のように聞こえた。緋色の燈に照らし出された顔は愁眉を帯びている。
「火は怖いか?」
 問い掛けると、彼はこちらに顔を向けた。
 視線が重なる。狼狽えているのか、質問の意図を汲み取ろうとしているのか、彼は何度も目を瞬かせた。
「俺は――」
 プラットは幅狭な唇を開いた。
「俺は火が怖い。火は熱くて、激しくて……すべてを燃やし尽くしてしまう。でも……好きです。一度灯れば暗い道を照らしてくれるし、俺をあたためてくれるから……。火はまるであなたのようだ」
 冷えた夜気にこもる音を立てて、火の中で薪がまた鳴った。
 穏やかな静寂が火に炙られる。
 この男は火の熱さも恐ろしさも、ほんとうは知らないだろう。だが――それでいい。弱く愚かなままでいい。
「プラット」
 人差し指の先で彼をそばに呼びつける。プラットは不安そうな表情を浮かべたまま命令に従った。
 鼻息を吐いて立ち上がって、目の前で足を止めたプラットの腰に手を回して隙間を埋め、耳元に唇を寄せて
「あたためてやる」
 吐息混じりに紡いだ。
 首のうしろにぬくい掌が引っ掛かる。
 床に伸びたふたり分の影が交わった。
 

 
  【刻下】

 以前ジェイコブに、育った家庭環境や経歴を仔細話すように命じられたことある。
 両親に愛されて育ったこと、学校での成績はよかったこと、親元を離れて名うての州立大学へ行き、田舎ではあるが、古き良きアメリカの名残のあるホープカウンティに魅かれて保安官としてやってきたことを嘘偽りなく話した。
 遠い昔のようにも思えたが、振り返ってみれば極々平凡な、しかし順風満帆な人生だ。
 話し終えると、ジェイコブはくつくつと喉を震わせた。
「随分と生ぬるい環境で育ってきたな」
 ひどく冷たい目だった。
 恐ろしく低い声だった。
 彼はそれ以上なにも言わなかったし、訊いてくることもなかったが、彼の言葉は骨身にこたえ、自分を恥じた。
 あれからどれくらい経っただろう。
 煌びやかな未来をジェイコブに摘み取られ、身も心も打ちのめされ、保安官としての矜持と威厳、男としての自尊心や尊厳も失った今となっては、皮肉にもジェイコブにすがるしかなくなっていた。
「俺にはなにも残ってない」
 ぬるくなったシーツに横たわったまま、薄れた夜気を浅く吸い、隣で眠るジェイコブの薄闇に浮く横顔のシルエットを見詰めて呟いてみる。
「俺にはもう、あなただけだ」
 身じろぎして距離を詰めると、ジェイコブが寝返りを打った。キルトとシーツが擦れる音が寝息に混じる。こちらを向いた彼の肩が呼吸に合わせてゆっくりと上下している。
 ジェイコブの剥き出しの胸に額を押しつけてみる。浮き沈みを繰り返す胸の下で、心臓が鼓動を刻んでいるのが心地よい熱を通して伝わってくる。厚い胸に額を預けたまま、自分の平たい胸の真ん中に掌をあてがう。心臓は穏やかに脈打っている。
 無性にジェイコブの体温が恋しくなって、隙間を埋めるようにして身体を寄せて密着した。
 彼は生きている。自分も生きている。確かに今この瞬間も生きている。世界は廻るというけれど、彼の弟が言うようにいつか世界は終わってしまうだろう。それでもせめて今だけはジェイコブのそばにいたい。ジェイコブにここにいてほしい。
 目を閉じると、目頭が熱くなった。
 彼と鼓動を共有しながら、もう一度眠りにつくことにした。