愛は潜熱に溶けて

 アイメリクは急いていたが、つとめて冷静に邸に向かっていた。
 今晩は邸で久し振りに恋人とゆっくり過ごす予定だったが、突然舞い込んだ公務に追われ、すべてが片付いたのは、日付が変わる前だった。
 邸に辿り着いて、アイメリクは無意識に小さく恋人の名を口にしていた。母なる光の加護を受けた戦士の名を。この国に再び竜と人の融和の時代をもたらした英雄の名を……。互いに多忙な日々の中で唯一共に過ごせる夜だったが、夕食すら共にできなかった。
 使用人に出迎えられ、アイメリクは彼女が待っているであろう客間にまっすぐに向かった。背後で「さきほどまで起きておられたのですが」老年の使用人が歯切れ悪く言うのと、ソファの肘掛けに凭れ掛かって眠る彼女の姿を見たのは、ほぼ同時だった。
 テーブルには、飲みかけの紅茶の入ったティーカップがあった。それと、空のケーキ皿。
「あとは私が引き受けよう。今夜は、もう下がっていい」
 使用人はなにか言いたそうだったが、深く頭を下げると、客間を出ていった。ドアが閉まる音のあと、アイメリクはふっと小さく鼻息をついた。
 ソファの傍に寄り、彼女の寝顔を見下ろすと、安心感と、愛おしさが込み上げた。
 こんなところで寝かせるわけにはいかないな――。
 背凭れからややずれ落ちた彼女の背中と膝裏に手を回し、横抱きにして抱き上げた。彼女がううんと唸ったので、アイメリクは一瞬動きを止める。起きるかと思ったが、熟睡しているらしい。すぐに穏やかな寝息に戻った。
 華奢な身体を抱き留めて、慎重に歩いて客室に向かった。今夜は冷える。このまま暖かな部屋で寝かせてやりたかったが、客室の暖炉に火はなく、空気は冷え切っていた。
「…………」
 アイメリクは眉間にシワを刻んで、燈のない冷たい部屋と恋人の顔を交互に見やった。それを二度繰り返し、眉間のシワをさらに深くして、踵を返して自身の寝室に向かった。夜は、使用人が暖炉に火をくべてくれている。
 寝室は暖かかった。寝台に彼女を横たえる。上掛けを掛けようとした時「アイメリク?」眠たげな声に名前を呼ばれた。
「遅くなってすまなかった」
 ナイトテーブルのランプの燈に照らされたアイメリクの影が揺れる。
「ずいぶん、待たせてしまったな」
 恋人の長い睫毛に囲われた眸が美しく瞬いた。ほっそりとした指が伸びてきて、アイメリクの頬を撫でた。愛おしい柔らかさと温みは、アイメリクが一日中焦がれていたものだった。彼女の名前を呼んで、硝子細工でも扱うように白い手を包み込み、指先に口付けた。
「このまま、眠るといい」
「あなたと過ごしたい」
 恋人はそう言って微笑んだ。視線が重なって、アイメリクもつられて口の端を緩める。指先を互い違いに絡めていると、キスがしたくなった。距離を詰め、弧を描いていた紅唇をそっと塞ぐ。握った手が微かに力むのを感じた。角度を変えて舌を差し込む。深い場所でひとつになると、会えなかった分の寂しさが埋められていくようだった。
「お風呂、宿で入ってきたの」アイメリクを映す眸の奥には、手に負えないほどの劣情が迸っていた。「だから……ね?」
 彼女はアイメリクの前でのみ見せる、女の顔をしていた。
 喉の渇きにも似た衝動が胸に込み上げたが、アイメリクは瞼を下ろし、一刹那の暗闇を見たあとで「私がまだだ」理性の手綱をしっかりと引いて言った。「これから入浴を――」
「もう待てない。待ちくたびれちゃった」
 腕が伸びてきて首のうしろに引っ掛かり、思ったよりも強い力で抱き寄せられてバランスを崩し、アイメリクは恋人の豊かな胸に顔を半分突っ込んだ。
「アイメリクの匂い、好き」
 理性が手綱から逃れようと暴れ出し、アイメリクは歯を食い縛った。彼女からふわりと立ち上る甘い香りが魅惑的だった。どろどろろした熱く滾るものが腰回りを重たくさせていく。
 アイメリクは両腕を突っ張り、身体を起こして恋人に覆い被さった。それ以上ふたりに言葉は必要なかった。見詰め合うだけで充分だった。興奮を抑えた息遣いが夜気に混じる。どちらが先というわけもなく脱ぎはじめて、寝台の下に放られた二人分の衣服が重なっていく。
 アイメリクはすっかり自身が空腹であることも忘れていた。
 今はただ、求め合い、ひとつになりたかった。ランプの燈に縁取られた恋人の瑞々しい身体を朝まで離すつもりはなかった。

 アイメリクは自身の肩に載った温かな肉の薄い手を剥がし、指を互い違いに組んでシーツに縫い付け、キスの雨を降らせた。薄燈に縁取られた鍛え上げられたしなやかな身体の下で、艶っぽく柔らかな声が弾み、アイメリクの耳を楽しませる。
 彼女の輪郭は、覆い被さるアイメリクの影に溶けていた。アウラ族である彼女は、エレゼン族であるアイメリクよりもずっと背が低く、華奢だ。この身体を抱き締め、触れる度に愛おしさが込み上げる。彼女をはじめて抱いた日のことを、アイメリクは今でも忘れない。愛に咲いた可憐な花を摘み取った夜は、長いようで短かった。
 首元の鱗に寄せていた唇を胸元に滑らせる。丸く形のいいたわわな乳房の間に鼻を埋めると、石鹸の香りがした。乳房を寄せるように揉むと、軟体動物のように形が変わり、アイメリクの長い指が食い込んだ。頂ですでに尖っている薄桃色の可愛らしい乳首をかりかりと指で掻いて、指先で摘まんで転がすと、一際大きな甘い声が漏れ、身体が小さく跳ねた。彼女は胸が弱い。ぷっくりと膨れて主張している肉軸に吸い付いて舌を絡め、甘噛みしただけで、甘イキした。
「ア、アイメリク……もっと……」
 弱々しく名前を呼ばれ、アイメリクは言葉の続きを待つようにしてわざと首を傾げる。
「もっと、気持ちいいこと、して」
 頬を紅潮させてねだる恋人は、淫らで、美しかった。
 頭を下肢へと滑らせて、折り曲げられたほっそりとした足を大きく開かせる。足の間の女の部分はもうすでにぬらぬらと濡れ、いやらしく照って、アイメリクを誘っていた。
 身体を屈めながら、アイメリクは上目に恋人を一瞥する。長い睫毛に囲われた眸は、官能でとろけていた。
 下生えのない肉の丘に口付け、ひくついている肉色の雌孔へ舌を押し込む。快楽の底へ落とそうと、アイメリクは彼女を舌と唇で責め立てた。
「あ、あぁ……! あ、あぅっ……」
 喉を弓なりに反らし、恋人は喘いだ。強烈な快感から本能的に身をよじって逃れようとするが、足を閉じることをアイメリクは許さない。勃起したクリトリスを舌先で詰り、愛蜜でしとどに濡れたそこへ指を挿入する。胎内は熱かった。何度も抜き差しをして、軽く曲げた指の腹で上壁を擦り上げて感度のいい場所を刺激してやると、腰が浮いた。
「や、ぁ、イく、だめ、イっちゃう……!」
 アイメリクの指を咥え込んだまま、呆気なく彼女は沸点に到達した。
 性的興奮を噛み殺した鋭い息を吐き出し、アイメリクはごくりと喉を鳴らす。抑えがたい劣情が腰回りを支配していく。彼女にはもっと己を感じてほしかった。過去の男など霞むように。
「アイ、メリク、きて」
 震える声で懇願し、彼女はアイメリクに向けて手を伸ばした。アイメリクは彼女の名前を紡ぎ、指を絡め取った。見詰め合って、愛で激情が弾けた。
 いよいよ、ひとつになる時がきた。血管を浮かせ、アイメリクの男の本能は痛いほどに膨れていた。先端からは先走りが溢れていた。彼女の足の間に身体を割り込ませ、彼は自身に手を添えて、くぱあっと開いた粘膜の間に本能を載せた。アイメリクを求めてひくつく入口に亀頭を押し付けると、吸い付いた。離れると、粘っこい糸が引いた。
「挿れるぞ」
「……うん」
 アイメリクはゆっくりと腰を突き出した。硬く反り勃った陽根は、胎内に少しずつ沈んでいく。中は熱くとろけ、湿っていて、キツかった。
「……っ」
 締め付けられて、射精してしまいそうだった。歯を食い縛り、アイメリクは慎重に奥を割っていった。根元まで挿ると、行き止まりに達した。子種を受け容れるために降りてきていた子宮口だった。
「ん、あ、はあ、ぁ……奥、当たってる……」
 熱っぽい吐息を零し、恋人は快楽に打ちのめされた声で言った。
 彼女の膝裏を掴み取り、抽挿をはじめると、動きに合わせて乳房が揺れはじめた。見詰め合い、時々動きを止めて唇を重ね、愛のままに貪り合った。
「好き、好き、アイメリクッ、好き……っ!」
 背中にしがみついて、彼女はアイメリクの身体の下で何度も情熱的な言葉を口にした。
「私も、君が好きだ、愛している」
 吐息を飲み込み、愛の言葉を伝え、何度も名前を呼んだ。
 血の巡りが速くなっているのか、全身が熱かった。アイメリクがぶつかる度に、濡れた肉と肉が生々しい破裂音を上げた。降りてきている子宮口をつつかれ、彼女は息も絶え絶えだった。胎内はアイメリクを四方から締め上げ、子種を搾り取ろうとしている。絡み付く肉襞を感じながら、アイメリクは息を弾ませて腰を揺すった。噎せ返るほどの濃い男の匂いと、若い女の馥郁とした匂いが寝台で混ざり合う。迸る親愛と熱情がふたりの間で明滅している。
「あ、あぁ、きもち、い、イく、あぅっ……! あ、あ、ああ……! ~~~~~~~~ッ」
 彼女の肉体が痙攣し、シーツの上で爪先が真っ直ぐに伸びた。胎内が生き物のように顫動してアイメリクを激しく締め上げた。たまらず腰を止め、アイメリクは快楽に耐えようと眉を寄せる。
 声にならない声を上げて極致感に呑み込まれた彼女の身体の横に手を突いて、アイメリクは身じろぎし、ラストスパートを掻けた腰使いに切り替える。胎内の奥を突く動きに、絶頂したばかりの彼女は見悶えた。
「ぅ、んっ、奥に、だ、(だ)して、あ、あぁっ……んっ」
「っ、……ぐっ」
 射精感が腹の底から込み上げて、アイメリクは彼女の腹の一番深い場所で爆発した。子宮口は間歇的に噴き出る子種を飲み干していく。
「ふー……っ、は、ぁ……」
 噛み締めた歯の間から唸り声を漏らし、アイメリクは瞼を半分下ろした。吐き出した子種を胎内に塗り込むようにして浅く抜き差しを繰り返しながら。
 色濃い静寂が降りてきて、彼女が先に「アイメリク」動いた。彼女の広げられた腕の中へアイメリクは収まった。そのまま抱き寄せられた。彼女は肩口に頬擦りすると、鼻から大きく息を吸った。
「やっぱり、アイメリクの匂い、好き」
 彼女はくすくすといたずらっぽく笑った。香水をつけているとはいえ、一日の終わりに匂いを嗅がれ、アイメリクは今すぐにでもバスルームへ駆け込みたくなったが、もう少しだけ彼女とこうしていたかった。
 体温の染みたシーツの上に、愛と夜の一片が降り注ぐ。それはイシュガルドを白く染める雪のように無垢だった。