遠征から戻った隊長が土産にくれたのは、北国の名産物である蒸留酒だった。しかも、六十年ものだという。
礼を言うと、隊長は「お気に召したようで幸いです」と頷き「デスパー様が喜ぶお顔が見たかったものですから」と結んだ。彼が照れているのは声音で分かった。分厚い兜の下ではにかんでいるのだと思うと愛おしくなる。
「早速いただきましょう」
ガラス製のボトルを満たす濃い蜂蜜色の魅惑にうっとりと吐息をついて、ボトルをテーブルに置き、大事にしまってあるグラスを戸棚から取り出した。磨き上げたグラスをボトルの横に並べると、気分が高まった。
「デスパー様、申し訳ありませんが」
「なんです?」
「こちらを私がいただくわけには参りません」
隊長は手と首を振った。
「デスパー様がお飲みください」
「えっ? そんな味気ないことを言わないでください。ひとりで飲むなんて、寂しすぎますよ」
唇を尖らせて腕を組む。隊長は背筋を伸ばして大きな身体を強張らせた。身の丈が六フィートをゆうに越す大男のくせに、萎縮するとまるで小動物のようになる。
「付き合ってください。あなたと飲みたいんです」
「本当に、私でよろしいのですか?」
「もちろんです。さあ」
いつもの席に腰を下ろす。向かいの椅子に座るよう促すと、隊長は音も立てずに座った。
グラスに注いだ蒸留酒は、甘い香りを放っている。乾杯をして、一口二口舐めた。馥郁とした穀物の香ばしさが鼻に抜け、深みのある甘みとまろやかさが舌の上で踊った。上等な酒に心が凪いだ。
隊長は兜をずらしてちびちび飲んでいる。彼の手に収まるグラスは小さく見えた。
「美味しいですね」
「ええ、こんなに甘いものなのですね」
隊長の土産話を肴に、ふたりで舌鼓を打った。ボトルが半分ほど空いて——飲んだのは殆ど私だ——隊長が「そろそろ戻ります」ゆっくりと腰を上げた。
窓の外を見ると、夜も更けていた。
隊長を見送ろうと立ち上がる。
「休日に、わざわざありがとうございました。とても有意義な——ん」
彼のそばに歩み寄ろうとしてふらついた。
「デスパー様!」
咄嗟に隊長が身体を抱き留めてくれた。
「飲み過ぎてしまったみたいですね」
太く逞しい腕の中で微苦笑して、ふと、兜の視孔からわずかに見える双眸と視線がぶつかった。途端に、肌の温もりが恋しくなった。離れていた期間を埋め合わせるように抱き合い、口付けを交わし、求め合いたい——。
「……まだ、帰らないでください」
胸に込み上げた切望を吐き出して、隊長の鎧に手を添える。火照る肌に心地いい冷たさが掌に広がった。
「デスパー様?」
「わたしの、あなた」屈んだ隊長の兜に触れ、ふっと笑う。「どうか、今夜はそばにいてください」
隊長がほっと小さく息をつくのがわかった。ややあって、彼はさらに背中を丸めた。肉厚な手が兜を掴み、決して見られない顔が鼻の下まで剥き出しになる。
「そばにいてくれますか?」
隊長からの答えはなかった。代わりに、影が被さってきて、唇に待ち侘びた熱が触れた。