いつまでも「僕」だと幼く感じてしまうと思い、兄者のように一人称を「オレ」に変えた。
兄者のような威厳を持ちたくて生やしはじめた髭を、兄者は似合っていると褒めてくれた。照れ臭いが、誇らしい。
――これで少しは、兄者のようになれただろうか。
ヘッドボードに並んで子供のころの話をしている時、これから子供の時以来に共寝をするというのに、ふとそんなことを思って背筋が伸びた。
「なにを考えている?」
会話が途切れ、兄者が首を傾げた。
「実は、オレは兄者のようになりたいと思っています。兄者はオレの憧れですから」
引き寄せた兄者の手の甲にキスをした。節くれだった指は長く、白く、爪の先はいつだって短く切り揃えられている。自分の手より二回りほど大きい厚い掌は硬くなった剣胼胝が目立つ。努力と苦労の染みた手だ。冥府の命運を分け、栄光を掴み取った手だ。オレは兄者のこの手が好きだ……。
兄者は丸い目を瞬かせたあと、困ったように笑った。
「オレのようにはならなくていい。お前はお前らしくあれ」
握っていた手がするりと離れた。
「オレらしく、ですか?」
「そうだ」片頬を包まれ、親指の腹で優しく撫でられた。触れる体温が心地いい。兄者の掌に頬を押し付け、オレらしさとはなんだろうと、愛おしい熱を感じながら目を細めて考えてみる。
皆の規範となる騎士でいること。
王を敬仰し常に誠実であること。
王の剣として、兄者を護ること。
盾となり、冥府の民を護ること。
戦場では、勇猛果敢であること。
気高く常に凛乎と振る舞うこと。
弟として最愛の兄者を慕うこと。
男として心から兄者を愛すこと。
挙げてみるとキリがないが、それがオレだ。オレのすべてだ。一人称を変えようと、髭を伸ばそうと、オレはオレであって、兄者とは違う。この先も、きっと兄者には追い付けない。
だが、それでいい。兄者はオレの憧れなのだから。
兄者の手の甲に自分の手を被せる。そのまま距離を詰め、今度は唇同士を重ねる。まだ中途半端な口髭は痛くないだろうか。熱っぽく湿った吐息が鼻先に掛かる距離で見詰め合い、どちらがどうというわけもなく、頭を傾けて引き合った。
「オウケン」
唇が離れて、情熱的に名を呼ばれ、間でほうっと息が弾んだ。兄者はそれ以上なにも言わなかった。言わせなかった。幅広の薄い唇を塞ぎ、舌を絡め、吐息ごと言葉を呑み込んだ。
兄者に対する憧憬と親愛は、夜のとばりのように重たく、色濃く、そして、果てしなかった。
「兄者……オレの兄者」
熱情を含んだ囁きが、杳とした夜に溶けていく。
あなたと私は違う。けれど、魂で繋がっている。