眸に宿る愛の明滅

 親愛、慈悲、思慕、尊敬、好意、期待、驚愕、畏怖、賞賛、失意、嫌悪、肉欲――子供のころから、様々な感情のこもった視線を受けてきた。

 目は口ほどに物を言う、という言葉の通り、人の本心は目に現れる。そのことを学んでからは、眸を注視するようになった。

 意図して触れれば心の内側なんて簡単に読み取れてしまうが、良好な関係を築くのに、この力は妨げになる時がある。特に想いを寄せる相手には使いたくない。私を愛してくれているのか、たしかめるのが怖いのだ。

――そう、たとえば、あなたとか。

 視軸をずらして隣を歩く兄者を見やる。兄弟という関係から一線を越えて、昨夜はじめて蜜事を交わした。

 甘美なる夜の吐息に魅了され、兄者の身体を味わい尽くし、夜すがら潜熱に浮かされた。

 名残惜しくも自室に戻ってベッドに入ると、熱情は夜のとばりと共に去り、幸福に満ち足りた朝を迎えた……と言いたいところだが、いつも通りの朝だった。

 ベッドを出て、着替え、身じまいをして食堂に行くと、昨晩散々愛し合ったというのに、普段と変わらぬ様子の兄者と、朝から溌剌とした弟が先に食卓を囲っていた。

 兄弟で朝食をとったあと、こうして兄者とふたりで玉座の間に向けて歩いているわけだが……落ち着かない。

 甘い言葉のひとつやふたつを期待しているわけではないといえば嘘になるが、兄者があまりにもあっけらかんとしているので、拍子抜けしている。

 果たして兄者は、私のことを愛してくれているのだろうか。兄弟愛の延長線上としての親愛から私を受け容れたのではないと思いたい。昨晩交わしたのは、恋人同士の睦合いであったと信じたい。

 不安が胸を刺した。そういえば、気持ちを打ち明けたのも私からだった。兄者は一度も私に「好きだ」とも「愛している」とも言ってくれたことはない。 

 捻くれ者の兄者のことだから、素直になれないのはわかっているが、兄者の気持ちを知りたいと切望してしまう。私たちは恋人なのだ。

 横目でじっと兄者を捉えていると、不意に兄者の黒黒とした眸がこちらを向き、上と下で視線が重なった。

「どうした?」

 兄者はフッと笑った。眸にあたたかい慈しみの巨影が横切るのを見逃さなかった。

「……なんでもありません」

 誤魔化すように曖昧に笑ってみせる。会話はそこで終わり、玉座の間に向けて並んで黙々と歩いた。

 不安が去り、安心感が胸を満たした。愛してくれているのか訊ねる必要はないと確信した。

 兄者は私を愛してくれている。

 兄者から向けられる揺るぎない愛情に満ちた視線を独占するのは私だけだ。与えられる愛情の一片も離したくない。傲慢で強欲かもしれないが、それほどまでに、私は兄者のことが愛おしいのだ。

「愛していますよ」と言葉にすれば兄者は照れ隠しで嫌味を垂れるだろうから、今夜また寝所を訪って、情熱的に見詰め合おう。

 眸には、心が宿っているのだから。