渚とエクスタシー

 ※夏イベ仕様のふたり

 照りつける南国の太陽の下で、買ったばかりのジェラートは溶けはじめていた。
 透き通った青空の下、白い砂浜に立ち、穏やかな波を見詰め、ジェラートをちびちび舐めながら今回の騒動をどう収めるか考えてみるものの、手掛かりが少なすぎるのと、犯人候補が多すぎて堂々巡りだった。
 ジェラートを食べ終わった頃には、うだる暑さに火照った身体からは熱が引いていた。アルトリアには息抜きをしてくるとだけ告げてホテルを出たから、そろそろ戻った方がいい。今は護衛の円卓の騎士もいないのだ。無防備なのはよくない。
「君、ひとりなの?」
 隣からふっと声を掛けられた。首を巡らせると、見知らぬ若い男がふたりいた。ハメを外しにきた観光客だろう。
「そうですけど……なにか?」
 男たちは顔を見合わせると、日に焼けた顔に親しみを浮かべて「せっかくだしさあ、俺たちと遊ばない?」首を傾げた。
 典型的なナンパだ。
「あ、いや、わたし……」苦笑いを浮かべて、控えめに手を振って拒絶の姿勢を取り「連れがいるので」咄嗟に取り繕ってみる。
「でも今ひとりだって言ったよね?」
「大丈夫、俺らといれば楽しいって」
 肩から抱き寄せられ、どっと冷や汗が出る。噎せ返るような男物の香水の匂いがする。
「ホテルに戻らないとっ」
「もうホテルに行きたいの? 大胆だね」
「ちっ、違いますっ」
 男たちの目がぎらぎらしている。令呪でアルトリアを呼び寄せるか。いや、呼び寄せたとして、一般人に危害を加えるようなことがあってはならない。アルトリアが暴れたらどうしよう。
 男がなにか言う。片方が笑う。波の音が残酷なくらい穏やかだ。俯いて、拳を強く握る。こうなったら、無理にでも振りほどいて走って逃げるしかない。
「よう、マスター、待ちくたびれたぜ」
「私の神官にずいぶん気安く触れてくれます、ね」
 聞き慣れた声がして顔を上げる。太陽を背に立つ、ふたつのシルエットがあった。誰か声ですぐにわかった。テスカトリポカとテノチティトランだ。
 ふたりとも黒い水着を着ていた。テノチティトランはセクシーなビキニで、テスカトリポカの水着は独特のデザインをしていて、思わず凝視してしまった。サンバイザーに、胸部の片側を覆う胸当て、ロンググローブ、ショートパンツ、左足にはチャック付きのレッグウェア……肩には鎖が絡んだスナイパーライフル(どう見ても水鉄砲には見えない!)を担いでいる。
「お兄さんとお姉さん、この子の連れ? ごめんね。今から遊ぶんだわ、俺たち」
 テスカトリポカとテノチティトランが乾いた笑い声を上げた。
「今の聞いたか、ハチドリ。この若造共は状況をわかっていないらしい」
「愚かですね。殺しますか」
「そうしてもいいが、オレは休暇中で機嫌がいい。そのなれなれしい手をどけて失せろ。今なら見逃してやる。そうだな、五秒やる。時間切れになってもオレの女から離れてなかったら、心臓をブチ抜くぞ。ハチドリ、カウントだ」
「はい兄様」
 テノチティトランが淡々とカウントダウンをはじめた。急に男たちが哀れに思えてきて、「早く離した方がいいです、本気なので」と言うと、わたしの肩に手を回していた男は、残り二秒のところで慌てたように離れた。カウントが止まった。
 男たちはぶつくさ文句を垂れながら去っていった。
「大丈夫ですか、マスター」
「うん、ふたりともありがと」
「こっちにはいつきたんだ?」テスカトリポカがサンバイザーを親指の腹で押し上げた。「まさか、来て早々ナンパに遭ったワケじゃあないよな?」
 ふたりに事情を説明した。その間、テノチティトランはずっと腕に密着していた。
「それにしても、テスカトリポカ……すごい恰好ですね」
「休暇のために用意した。オーダーメイドの特注品でね。似合うだろう?」
 ちょっと目のやり場に困ります、という言葉は飲み込んだ。無駄のないしなやかな肉体に食い込むように巻き付いたベルト――特に胸当てに覆われていない左胸に固定された――のせいだろうか。腕や足だってレザーに覆われているから剥き出しというわけではないのに、放たれる色気に圧倒されてしまう。さすがは美を司り、見る者を惑わせる神だ。こんなところで魅了されるなんて、思ってもみなかった。
「さて、ようやく合流したんだ。行くぞ」
「行くってどこへ?」
「決まっている。オレの取ったホテルだ」
「え? 今からですか?」
「当然だ。言っただろう、待ちくたびれたってな」
「兄様は、ずっとマスターを待っていたんですよ」
 テノチティトランの囁きに「そうなの?」目を丸くさせる。
 もしかしたら、彼から今回の騒動の黒幕についての情報を聞き出せるかもしれない——真実に肉薄できそうな気がして、期待に胸を膨らませ、浜辺をあとにした。

 テノチティトランとはホテルのロビーで別れることになった。まだ遊び足りないから泳いでくると言っていたが、ふたりきりにしてくれたのだと思う。
 エレベーターはぐんぐん上昇していった。
「部屋って、何階なんですか?」
「最上階だ」
「それって……スイートルームってことですか!?」
「オレにふさわしい部屋といったら、それしかないだろう」
「……っ……」
 言葉は喉の奥に引っ込んだ。ハワトリアの一等地にある高級ホテルのスイートルームといったら、一泊いくらになるんだろうか。
 エレベーターが止まり、ドアが開いて、広い廊下に出た。豪華な赤い絨毯の先には、真っ白な大きなドアがあった。テスカトリポカがカードキーをドア下の端末に差し込むと、無機な電子音がしてロックが外れた。
「お先にどうぞ、お嬢さん」
 部屋の中はいい匂いがした。リビングルームは開放的で、テーブルとソファ、鯨骨の彫刻が置かれたキャビネットがあった。家具はどれも一級品だろう。カーテンが開け放たれた窓の向こうには蒼天が広がっている。当たり前だが、わたしが泊っているホテルの部屋よりずっと広い。
「うわ……すごい……」
 興奮気味にベッドルームを見る。クローゼット、キングサイズのベッド、ナイトテーブルにランプ、壁に掛かったテレビモニター……ここで寝たら、朝までぐっすりだろう。
「なにか飲むか?」
「ううん、大丈夫」
 そわそしながらテスカトリポカの元に戻る。彼はソファに腰掛け、テーブルにあったブランデーのボトルを開け、グラスに注いであおった。
「ここに、ひとりで泊ってるんですか?」
 テスカトリポカの隣に座る。
「ああ」彼はサンバイザーをグラスの横に投げ出すと、頷いた。「ここでおまえが来るのを待っていた。休暇をひとりで過ごしても退屈なだけだろう。たった数日くらいならいいが、ひと月ともなるとな」
 テスカトリポカの手が伸びてきて、頬に触れた。距離が詰まって、唇が重なる。数日振りのキスだった。ハワトリアはリセットされて時間が経っているというから、彼にとってはひと月振りのキスだ。
 舌が絡んで、お酒の甘ったるい味が流れ込んできた。息を継いで受け容れる。頭がくらくらした。
 服の裾にテスカトリポカの手が潜り込んだ。肌を滑るレザーの感触がくすぐったい。
「ん……先にシャワー浴びたいです」
「あとにしろ。これ以上オレを退屈させるな」
 熱っぽい息遣いが鼻先で弾む。答える前に唇が塞がれた。背凭れに預けていた背中がずるずると滑って、絡み合ったままシートに倒れる。サンダルを床に落とすと、折り曲げた足の間にテスカトリポカの身体が割り入った。
 服が首元まで捲られ、下に着ていた水着が剥き出しになった。肩紐の細い、シンプルなデザインの水着は呆気なくずらされ、乳房が零れた。テスカトリポカの顔が胸元に移動して、胸の先を吸われた。そこはすぐに芯を持ち、愛撫を求めるようにつんと尖った。
「ハワトリアでえっちするとは思ってなかったです」
「オレは最初からそのつもりだったがね。おまえと南国で過ごす夏、しかも休暇ときた。火遊びはするものだろう」
 被さったテスカトリポカの背中に手を回す。愛撫は灼熱の太陽のように熱い。
「あ、キスマークとか、残さないでくださいね」
「何故だ?」
「だって、見えちゃうじゃないですか」
「見せておけ。このオレの女ですって顔をしておけばいい」
「そういえば、さっき助けてくれた時もそんなことを言ってましたよね? オレの女って……」
「事実を言ったまでだ。身体も心もオレに捧げただろう。おまえはオレのものだ」
 テスカトリポカは肩口に咬みついてきた。
「わたしが気まずいから、痕は残さないでください」
「わかったわかった」
 楽しそうに喉の奥で笑うと、テスカトリポカはわたしの胸に顔を埋めた。
「この鼓動が聞きたかった」
 伏せられた睫毛が震える。
「……テスカトリポカ」彼の頭を抱きかかえるようにして抱擁する。胸の中が暖かくなる。「わたしも会いたかったです」
 まだまだ問題は山積みだけど、今だけは彼と過ごしていたい。
「さて」
 テスカトリポカが身体を起こし、髪を掻き上げた。
「このオレをひと月も待たせたんだ。その分存分に味わわせてもらおうか」
「……うん」
 足の間が熱を持ち疼き出した。喉を鳴らして唇を引き結んで、ショートパンツを脱ぐ。まだ誰にも見せていない、サイドを紐で結ぶタイプのビキニパンツをこんな場所でお披露目するとは思わなかった。
「ほう? 色気のない恰好だと思ったが……下は紐か。ずいぶん大胆だな」
 硬く結んでいた紐が解かれ、ビキニパンツはずれ落ち、尻の下で弛み、シワだらけのただの布になった。
 テスカトリポカの片手が蛇のように足の間に滑った。わたしの中を知っている指が割目をなぞり、快楽に芽吹く蕾を詰り、ゆっくりとわたしの内側に食い込んでいく。
「あ、んっ……!」
 胎内を掻き混ぜる粘着質な音が羞恥心を削り取っていった。性的興奮は快感に変わり、本能に火を点けた。今すぐにでも交わってしまいたい。
「ソファでヤるのははじめてだな」
「あんな、立派なベッドがっ、あるのに」
「面倒だ。ここでいいだろう」
 テスカトリポカの眸の奥には、情欲の炎が揺らいでいた。
「……あ、ぁっ」
 指が胎内で鉤型に曲がり、腹側を押し上げる。得も言われぬ痺れを伴う快感が背骨を突き抜けた。いつの間にか指は二本になっていた。生き物のようにくねる指はわたしの中を暴き、ほぐしていく。
「あ、あっ、あぁ、やだぁ、イくっ……!」
 喉が反った。荒々しい波のように押し寄せた極致感に呑み込まれた全身が硬直して痙攣する。
「っ、ぅ……!」
「オレの指を股で食いちぎる気か?」
 引き抜かれた指には、濃い白濁とした愛液がねっとりと絡みついていた。
「……もう、ほしいです……」
 生理的な涙で滲んだ視界がぐらぐらと揺れる。
 太腿の付け根を鷲掴んだ手に左右に引っ張られた。しとどに濡れた秘所がぱっくりと開いてひくついているのがわかる。
「……はやく、ください」
「まだおあずけといきたいが、オレも限界でね」テスカトリポカは舌なめずりをすると、水着の前を寛げた。「たかだかひと月離れていただけなのにな」
 濡れそぼち、ほめくそこへ勃起した自身を押し当て、テスカトリポカは溜息をついた。熱く硬いものが擦り付けられ、薄く開いた唇から期待のこもった吐息が漏れる。
 猛々しい男の本能が、ぴっちりと締まった肉壁を押し開いていく。テスカトリポカの両手が腰を挟み込み、突き上げるように一息に奥まで潜り込んできた。
「……っ! あっ」重たい衝撃に目を瞠る。「う、ぅ……」
「そう締め付けてくれるなよ。そんなにオレが恋しかったか?」
 引いては押し寄せる怒涛に、声が止まらなくなる。
「や、ぁ、声、出ちゃうっ」
「ここにはオレとおまえしかいない。誰が気にする?」
 濡れた肉と肉がぶつかって弾ける生々しい破裂音が静かな部屋に響く。胎の奥を突かれる度に押し出されるように漏れる声を止めるのはやめた。
 動きに合わせて乳房が揺れる。背骨を駆け上がった快楽は、思考も理性もどろどろに溶かしていった。本当はテスカトリポカに訊きたいことが山ほどあるのに、それ以上に、男と女として、恋人として過ごしたいという思いが強くなってしまっていた。
「ひうっ、あ、あ、ぁ、イっちゃうぅっ」
 テスカトリポカが動きを止めた。最奥に留まって、降りてきた子宮口を先端で擦るように腰を押し付けてきた。
「や、ぁ、それだめ、だめぇ……!」
 ハの字に開いた両足ががくがくと震え出す。快楽の火花が頭の中で散る。声にならない声を上げて果てた。
「っ、締め付けてきやがる……」
 テスカトリポカの息遣いが荒々しくなる。絶頂を迎えたばかりなのに、攣縮した胎の中を突かれて、悲鳴のような声が出る。二度、三度大きく揺さぶられ、胎の一番深い場所でテスカトリポカは吐精した。精液をすべて胎に注いでから、彼はゆっくりと腰を引いた。
 彼が去ってすぐに、愛液と混ざり合って泡立った精液が溢れ出て尻を伝った。
 乱れた息を整えようと、浅い呼吸を繰り返す。全身の血が沸騰したかのように身体が熱い。
 テスカトリポカはグラスを手繰り寄せると、酒を飲み干した。
「さあ、続きといこうか」
「……続き?」
「もちろん」
 彼の股座では蛇が鎌首を擡げていた。蛇はすぐに、濡れているわたしの中に潜り込んだ。
「あ、うぅ……!」
 抽迭が始まって、容赦なく攻め立てられる。テスカトリポカが覆い被さってきた。頭の横でしなやかな両手が突っ張って、ソファのシートが深く沈む。
「おまえを朝まで帰すつもりはない」
 鋭い囁きが耳朶を擽る。わたしの身体は、太陽の下で、さっき買ったジェラートみたいに溶けてしまうだろう。