その日、いつものように執務室に現れたデスパー様が目の前を通った時、嗅いだことのないいい匂いがふわりと鼻先を掠めた。兜越しでもわかるその匂いは、デスパー様がつけていらっしゃる香水だろう。いつもの柔らかく華やかな香気とは違った、深みのある落ち着いた芳香だ。
「香水を変えられましたか? いい匂いですね」
「あ、気付きました? この香りが気に入ったんです」
いい匂いでしょうと、デスパー様は微笑んだ。
「好きな香りです」
すんすんと鼻を鳴らすと、デスパー様は「もっとそばで嗅いでもいいですよ」両手を広げた。
「失礼します」お言葉に甘えて抱擁を受けることにした。腹に腕が回ってしっかりと抱き締められる。微かに生じた風が、快い馥郁とした香りを鼻孔に運んできた。
「……ほんとうに、いい匂いです」
背中を丸めて、隙間なく身体を密着させる。デスパー様の匂いを強く感じて、安心感と、一握の興奮が胸を満たしていく。
「隊長、熱烈なハグは嬉しいですけど、そんなにくっついたら、また匂いが移りますよ?」
「…………! そうですね、申し訳ありません」
自重できなかった己を恥じて慌てて離れると、デスパー様は余裕たっぷりに、いたずらっぽく口端を持ち上げて私を見上げていた。
「また、騎士団の間で話題になってしまいますね」
「あ、あの時のことは、未だに時々話題になるのです……」
――以前、昂るあまりデスパー様と執務室で愛し合った時、香水の香りが私に移り、私はデスパー様の残り香を漂わせていることに気付かないまま鍛錬をしていた。部下達が私を見てひそひそ話をしていたので何事か問うと、「隊長、いい匂いがしますね」「もしかして、恋人ですか?」と、好奇心に駆られた彼らから質問責めにあったのを今でも覚えている。
「続きは今夜、私の部屋で。……ね?」
魅惑的なデスパー様の囁きに、兜の下で赤面する。心を蕩けさせる香りは、甘美な夜を運んできてくれることだろう。