手紙

 志願兵の中には平民の出の者もいたが、実力主義を基盤にしている今の冥府騎士団に、血筋も出自も関係ない。前科者や罪人でない限り、由緒ある家の出の者だろうと平民であろうと、平等に扱い、育成する。

 王を護りたい、国に尽くしたいという忠義に燃えていた彼らは体力も根性もあった。基礎訓練を続ける日々の中、剣術も教え込んだ。皆飲み込みは早く、物覚えはよかった。

 けれども、平民の出である者には、騎士道に必要不可欠なものが欠けていた。

 教養だ。

 騎士ではない一般の兵士であっても、礼節は欠かせない。

 はじめて模擬戦を行った時、彼らは攻撃を防ぐための盾で相手を薙ぎ倒し、剣の柄頭で兜の上から顔を打った。

 その時ばかりは叱りつけた。彼らの戦い方は、言ってしまえば野蛮だった。彼らはもう冥府騎士団の一員なのだ。兵士なのだ。騎士道を重んじる戦い方というものがある。戦とは、酒場の喧嘩とは違う。

 騎士道とはなんたるかを、根気よく教え込むことにした。

 それから、新兵の中には、文字の読み書きができない者もいた。識字ができないというのは不便だろうと、訓練の合間を縫って教えてやった。とはいえ私は学匠ではないから、丁寧には教えてやれない。それでも彼らは学びを糧とし、手紙が書けるようになったことや、本が読めるようになったことを喜んでいた。

 小隊の長として、部下の成長は誇らしい。

 或る晩、兵舎の見廻りをしていると、燈が漏れている部屋を見付けた。

 新兵の部屋だった。僅かに開いていたドアをそっと押しやって中を覗き込むと、窓際の机に齧り付く大柄な背中があった。ツブカデだった。

「なにをしている」

 手にした懐中燭台をそばのキャビネットに置いて声を掛けると、ツブカデの大きな背中が跳ねた。

「ひゃ、百人長……」

 振り返った彼は羽根ペンを握り締めていた。彼はなにか書いているようだった。

「手紙を書いていました」

「ほう、誰宛だ」

「父にです」

 そばに歩み寄って腕を組む。ツブカデはスタンドに羽根ペンを戻した。

 彼の父はたしか、鍛治師だったはずだ。父が打った剣を奮いたいというのが、彼の志願理由だったのを思い出した。

 机の上にはパピルスが広げられていて、そこにはお世辞にもきれいとはいえない字が綴られていた。

「百人長、お聞きしたいことがあるのですが……」

 ツブカデは身じろぎして、彼にとっては小さい椅子に座り直した。「なんだ?」

 首を傾けると、彼は背筋を伸ばした。

「尊敬という単語は、どう書くのでしょうか。綴りがわからないのです」

「ああ、それなら、教えてやる」

 ツブカデは羽根ペンを取った。一文字一文字、ゆっくりと言葉にしてやる。彼は復唱しながら書き込んだ。

 ちらりとツブカデの手元を見やる。そこには「尊敬できる上官ができました」と書かれていた。

 上官とは――私のことだろうか。いいや、それはさすがに自惚れがすぎるか。

 ツブカデはそのあと、父親の身体を労わる結びの文を綴り、「できた」と達成感溢れる溜息を吐いた。

「インクが乾くまでは折るなよ」

「はい」ツブカデは大きく頷いた。「百人長、ありがとうございました」

「これくらいお安い御用だ。さて、明日も早い。早く寝るんだぞ」

 ツブカデがまた頷いた。「おやすみなさい」

 机の端で燭台に灯った火が瞬いた。おやすみ、と小さく返して、懐中燭台を持ち、部屋をあとにする。

 彼の手紙が、早く父親の元へ届くといい。

――私もたまには父上に手紙を書いてみるか。

 そんなことを思いながら、暗い廊下をゆっくりと進んだ。