幼いころ、万物を満たし廻すのは愛だと教育係だった馴染みの学匠が教えてくれた。
博愛こそが平和への一歩なのだと彼は説き、翌年父によって処刑された。彼は最期まで父を信じていた。愚かだったとは思わない。彼の言う通り、愛がなくては、人は育たないのだから。
父によって、それを身をもって思い知らされた。
父は、己には無関心だった。
時に出来損ないと罵られた。
未熟で未発達な心に傷を負い、泣いてばかりいた幼少期だった。
デスパーが生まれてから、こんな思いはさせまいと誓い、愛し抜こう、守り抜こうと決意した。
やがてオウケンが生まれ、デスパーと同じく、惜しむことなく愛情を注いだ。
兄弟たちとは、長い時間を掛けて絆を深めてきた。思い出を作ってきた。親愛を重ねてきた。魂を共有してきた。
デスパーとは時にぶつかりあうこともあったが、今となっては、信頼のおける、誰よりも聡い弟であり、オウケンは優しく、剛毅直諒とした、頼れる弟だ。
そして、オウケンとは、今では兄弟以上の堅牢な関係を築いている。或る晩愛を告げられ、蜜月となってから、甘い夜を幾度となく過ごしてきた。
今宵もふたりで夜の真ん中で睦語る。
「兄者」
片手を掬い取られ、手の甲が天井を向き、揃った指の付け根に口付けが落ちる。
「愛しています」
オレもだ、とは素直に言えず、オウケンの頬に触れる。弟は心地よさそうに目を細め、掌に頬を摺り寄せてきた。それから、身を乗り出し、覆い被さってきた。上と下で見詰め合っていると、寝所の片隅で息を潜めていた劣情が、ベッドにそろそろと腰掛けた。
オウケンの唇が首筋に何度も押し当てられた。
寝衣の帯の端を掴み取られ、結び目は呆気なくほどかれる。
口付けは止まることなく、剥き出しになった鎖骨に胸にと移動していき、強く肌を吸われた。弟はこうして夜な夜な身体中に鬱血の痕を残す。服を着込んでいれば見えないので、なんら問題はない。
オウケンの掌が、胸部を左右から寄せた。
弟は隆起した胸部の谷間に鼻梁を埋めると、うっとりと目を閉じた。
「……なにをしている」
弾かれたように、オウケンの端正な顔が持ち上がる。オウケンは気恥ずかしそうにはにかんだ。
「兄者の胸が柔らかくて、つい」
「男の胸などつまらんだろう」
「いえ、正直……ずっとこうしていたいくらいです」
程よく脂肪ののった胸部を揉みしだかれて、唸った。
「兄者は気持ちよくないですか? こことか……」
胸の先を両側とも指の腹で摘み上げられた。黙っていると、オウケンは、今度は乳首を口に含み、吸ってきた。
――まるで乳飲み子じゃないか。
そう言おうとしたが、言葉が喉の奥から出ることはなかった。
「……ぁ……?」
じん、と鈍い痺れが皮膚の下でのたうつ。胸の先は、熱い口腔で舌でねぶられるうちに芯を持った。指の腹で捏ねくりまわされていた方も硬くなって、つんと尖った。
「気持ちいい、ですか?」
黒目勝ちの眸が上目にこちらを向く。かっと顔が熱くなって、歯を食い縛って顔を逸らす。腫れぼったい胸の先が熟れて、じくじくと痺れている。
「……っ」
腰回りが重たくなって、血の流れが下半身に集中するのがわかった。
弟は口の端を持ち上げると、また乳首を食んだ。強弱を付けて吸われ、甘噛みされて、身体が強張る。
「オ、オウケン、もう、いいだろう」
「まだ、物足りません」
筋肉の詰まった胸をぎゅっと寄せて、オウケンは言った。ねぶられ、捏ねられた乳首は血色よくなって、ぬらぬらと濡れて、いやでも白皙の肌に映える。
胸部への愛撫はしばらく続き、ついにふたりの腹の間で、一物が角度を付けてしまった。オウケンは下着越しに股座を撫でてきた。そのまま弟の手によって下着が下ろされて、血管を浮かせて勃起したふてぶてしい性器がまろび出る。
脱がされた下着は、足元に放られた。
下生えにオウケンの手が添えられ、吐息が張った雁首に掛かる。オウケンは尖らせた唇を膨らみの先端に押し当てた。ちゅ、と小さなリップ音が弾み、一息に幹の半ばまで呑み込まれた。
あたたかい粘膜の内側で、舌が絡む。時々歯の当たる、たどたどしい口淫だが、情欲の炎を煽るには十分だった。
オウケンは頭をもたげ、丹念に本能を舐め上げ、全体に唾液をまぶすように頬を窄めてむしゃぶりついた。濡れた肉と肉が擦れて、オウケンが緩やかに頭を上下させる度に粘っこい音が漏れ出る。
一度頭を離すと、オウケンは根本に並んだ張り詰めた睾丸を口に含んだ。肉膜の内側の塊を吸われ、息が上がる。男同士なのだから、気持ちのいいところをわかっているのだろう。お互いろくすっぽ自慰もしたことがなかったというのに、何度か交わるうちに、泣き所を覚えてしまったらしい。
「待て、オウケン」
愛撫は続き、男根に深く吸い付いたオウケンの額を押しやる前に、鋭い快楽が瞬発的に込み上げて、最悪なことに、弟の口腔で果ててしまった。
「すまん、吐き出せ」
慌てて身体を起こす。
唇を引き結んだオウケンの喉仏が小刻みに動いている。
「……飲んだのか?」
オウケンは指の背で口元を拭うと、きょとんとして目を瞬かせ、大きく頷いた。「はい」
「飲むやつがあるか」
「兄者だって、この前、僕のを飲んだじゃないですか」
お返しです、と結んで、弟は鷹揚と寝衣と下着を脱ぎはじめた。
今宵も弟に抱かれる――みだらな潜熱が腹の奥で渦巻いた。
ベッドサイドのナイトテーブルの引き出しから潤滑油の小瓶を取り出し、オウケンに手渡す。中身はもう半分もない。
小瓶の中身を指の先に垂らすと、オウケンは身体を足の間に割り込ませてきた。尻の窪みに、人肌にあたたまった潤滑油に濡れた指が押し当てられた。ぐち、と水っぽい音が弾けた。できる限り腹の力を抜く。括約筋は押し込まれる異物を拒んで強張っているが、オウケンはゆっくりと、こなれた様子で排泄器官である孔をほぐしていった。
中指だけだったところへ環指が増え、揃えられた指が根本まで埋まり、腹の内側で鉤型に曲がるころには、息が僅かに乱れていた。
「兄者はここが好きですよね」
腹側を押し上げられるように撫でられ、引き攣った喉が反った。快楽の端に情欲の火が付き、燃えていく。
「好きな、わけでは、ないっ」
歯切れ悪く返して、息を継ぐ。そう深くない場所なのに、擦られると強烈な極致感に襲われる。
巨躯を戦慄かせていると、指が引き抜かれた。ひくひくと切なげに収斂を繰り返す孔は、貪欲にオウケンを求めている。
オウケンの股座では、脈打つ若い性がそそり立っていた。
「挿れますね」
弾力のある先端が孔に押し当てられたが、すぐには挿入されなかった。オウケンは興奮を抑え付けた息遣いで、潤滑油で湿った尻たぶの真ん中に、太い脈絡を浮かせて勃ち上がった一物の裏側を擦り付けた。睾丸が弾力のある亀頭に押し上げられ、会陰を摩られる。
もどかしい。
だが、「早く挿れろ」とは言えなくて、唇を真一文字に引き結ぶ。
張った傘の先端が、いよいよ窪みに吸い付いた。挿入時の圧迫感には未だ慣れない。オウケンは一息に押し込んだ。
「ん……!」
ちりちりと灼けるような疼痛が腹の底を焦がす。指とは違った、圧倒的な熱量が粘膜の間を拓いていく。
「っ、はぁ、ぐ、オウケン……」
熱く滾る腹の内側を、オウケンは満たしていく。か細く喘ぎ、被さったオウケンの首のうしろに手を回す。
緩やかな抽迭がはじまって、反射のように濁った声が腹の底から押し出された。
奥まで突き、引き、また奥を突かれる。抜き差しはスムーズだった。重い衝撃は脊髄に絡み、じわじわと脳髄にせり上がる。
「兄者……兄者っ……」
与えられる悦楽を受け容れると、オウケンの腰使いが勢いを増した。ばちゅん、ばちゅんと濡れた肉と肉がぶつかり合って羞恥心をあおった。浅く息を吸って腹の力を抜くと、オウケンはさらに深くへと肉杭を突き立てた。
「……おっ……!」
狭まり、括れた肉管の間に、オウケンが深々と食い込む――硬く滑らかな窪みを猛々しい男の本能にぶち抜かれ、挽き潰される――感覚に、目の前で赤々と火花が弾ける。反った喉から掠れた声が出る。
「あ、ぐ、オウ……、ケ、ぉ、~~~~~っ、ぁ、あっ……!」
味わったことのない強烈な小さな死に呑み込まれた。
「……ぁ、…………!」
声が出なかった。目に生理的な涙が湧く。四肢の感覚が遠のき、意識が一瞬途絶え、身体から力が抜けた。律動の反動で押し出される声と同じような、しかし、射精感とは違う、不随意な快感だった。なにが起きたのか理解ができなかった。
「兄者。僕の、兄者っ……」
腰を抱き抱えられた。オウケンは情熱のままに、体内の奥へと昂りを打ちつけてくる。
オウケンの顎の先から、汗が一滴胸に滴り落ちた。
折り曲げた脚でオウケンの腰を挟み込んで引き寄せ、必死に余裕を取り繕う。汗ばんだ額に張り付いた前髪を掻き上げると、弟は腰を止め、喉を鳴らした。
「そんな艶っぽい仕草……ずるいです」
潜熱を吐き出す唇を塞がれた。舌で口腔を舐め上げられる。積極的な、情熱を含んだ口付けだった。
「ん、ん……っ」
吐息も体温も、鼓動すらも溶け合って、肉体の境界線がわからなくなる。愛おしい弟の身体を抱き留めて、ひたすらに快楽を受け容れた。燃え盛る情欲の炎に炙られた法悦がどろどろに溶けて、腹の底で粘ついた溜まりを作る。
腰が再び弧を描いて、体内に留まっていた性器がずるりと抜け出て、また奥へ滑った。果てたばかりの肉体に与えられる、掴みどころのない狂熱を掻き集め、喘いだ。
厚いマットレスがオウケンの動きに合わせて揺れる。湿った息遣いとぶつかり合う肉が鳴る音が、薄暗い室内で、色濃い冥府の夜のとばりと混ざった。
「兄者……!」
オウケンが大きく腰を突き上げ――奥で弾けた。
子種が拓いた腹の中へ蒔かれる。浅く抜き差しをしながら、オウケンは猶猶奥へと子種を埋め込んだ。
種を蒔き終え、尻の間から幾分大きさをなくした本能が引き抜かれる。
熱を放つオウケンの生き生きとした身体が、どうっと隣へ倒れた。
事後の倦怠感が押し寄せてきて、毛布のように被さってきた。
「はぁ……兄者」
オウケンに手を握られる。手の甲に、キスが落ちた。
ふっと脱力して、弟の頬に触れる。見詰め合い、身体をもたげて、引き合うようにしてまた口付けを交わした。
訪れた甘美な静寂は、ふたりの間に存在する愛に似ていた。