どこからか迷い込んだのか、花壇に猫がいた。
見ればまだ小さく、四肢も短い。灰色の毛並みを持つ仔猫はちょこんと花壇の縁に座り込んだまま、恐れを知らぬ無垢な青い目でこちらを見詰めてきた。
歩み寄っても逃げる様子はなかった。
指先で狭い額に触れると、ゴロゴロと喉を鳴らし、前脚で指先を挟み込んでじゃれてきた。愛らしい仕草につられて頬が緩む。被毛が柔らかい。
しかし、迷い猫とて城の敷地にいれるわけにはいかないので、追い払わなくてはならない。
猫の顎の下を擽りながら果てどうしたものかと思考していると、視線を感じた。
振り返ると、白い大きな猫が、長い尾を揺らしながら茂みの影からこちらを凝視していた。おそらく母猫だろう。はぐれた我が子を探しにきたに違いない。
仔猫を抱き上げ、未熟な肢体には高過ぎる花壇から下ろしてやる。母猫に気付いた仔猫はすぐに駆け出した。
「べビン様から獣のにおいがします」
ミツマタはそう言って双頭を擡げ、口を大きく開けて折れた牙を覗かせたまま固まった。「これは猫のにおいですね」
「よくわかったな。さっき抱き上げた」
「えっ」
ミツマタは戦慄いたのか、赤い舌をちろりと出したあと、蛇腹をうねらせてとぐろを巻いた。
「撫でたのですか?」
「ああ。懐っこい仔猫だったからな」
仔猫、と復唱したあと、ミツマタは黙って首を縮こませた。
「……愛らしかったですか……?」
沈黙の一刹那、燭台の蝋燭が風で瞬くような声量でミツマタは言った。様子を伺うような質問だったが、詰るような視線が真っ直ぐに向けられている。
「ミツマタ……お前――妬いたのか?」
「や、妬いてなどいません。ただ、べビン様から知らない獣のにおいがするのが落ち着かないだけです」
たまらず喉の奥で笑う。
「それを嫉妬というんだ」
「私はそのような感情は持ち合わせていません」
ミツマタは対の頭をふいと逸らした。細長い舌が忙しなく窄まった口からちろちろと覗く。
「ミツマタ」
「……なんでしょうか」
「ほら、こい」
「わっ」
ミツマタの太い胴体の下に手を差し込み、両手で抱えて抱き上げる。
「好きなだけ甘えるといい。お前のにおいしかしなくなるようにな」
つややかで平らな額に口付けると、ミツマタは珍しく慌てて身体を波打たせた。彼が人間だったら赤面しているに違いない。
「お慕いしております、べビン様」
首から肩口に巻きついて、ミツマタは満足そうに囁いた。