べビン様はいつものように私を抱き上げた。
鍛錬を終えたばかりだというのに、呼吸はもう整っていた。先程まで鍛錬用の剣を執っていた掌に優しく頭を撫でられ、思わず「ふふふ」と笑みが漏れる。
薄い肌着越しに、汗ばみ、火照った肌を感じた。べビン様の体温が私の蛇身をじんわりとあたためていく。まるで体温を共有しているようで嬉しくなる。
日々努力が染みていく掌にすりすりと頭を擦り付けて甘える。この瞬間が、私にとってご褒美なのだ。
「なあミツマタ、今夜は一緒に寝るか」
不意打ちを食らって、ぱっくりと口を開け、鎌首を持ち上げてべビン様を凝眸する。
「今夜も冷えるだろうからな」
「嬉しいです……あ、いえ、今のは……」
「ハハハ、お前は素直だな」
恥ずかしくて、双頭の体温がさらに上がった。
べビン様に抱き上げられたまま、木漏れ日の差し込む中庭をあとにした。
べビン様の部屋は家具が少ない。
テーブルと椅子と、衣装箪笥に、ベッドだけ。最低限のものしかない瀟洒な室内だが、私の巣穴と同じように、住み心地の良さそうな部屋だと思う。
べビン様は私をベッドに下ろすと、衣装箪笥から出した新しい肌着に着替えはじめた。べビン様の着替えをなんとなく見詰めて、シーツの上でとぐろを巻く。
ベッドの端に腰掛け、半裸になったべビン様の逞しい肉体は古傷が目立っていた。そのひとつひとつを目に焼き付けたい。べビン様を知りたい。主人のすべてを知りたい。そう思ってしまうのは強欲だろうか。
着替えを終えたべビン様は私に片手を差し伸ばした。
「くるか?」
嬉しくて、急いで――しかしつとめて平坦を取り繕って――絡み付き、筋肉が詰まったしなやかな腕をするすると這い上がって、肩口に巻き付いた。ここが私の場所だ。もし他の蛇がべビン様に懐いたとしても、ここは譲れない。
「……べビン様」
双頭をぐっと近付けて、頬に鼻先を押し付けるようにして口付けようとした時、ちょうどべビン様が首を巡らせて私の方を向いた。
それはほんとうに偶然だった。べビン様の薄い唇と、私の口が重なった。ほんの一瞬触れただけだったが、べビン様の唇は少しかさついていた。私の窄まった口の先は敏感なのだ。
「大胆なことをするじゃないか」
一拍置いて低い含み笑いが私の内部器官を甘く揺さぶった。私は黙り込んでべビン様を見詰める。ああ、なんだか、心臓の辺りがザワザワ、そわそわとしている。私は浮ついてしまっているようだ。
「なぁ、ミツマタ」
中指の先で顎の下をなぞられる。気持ちがいい。
「今の、もう一度してみるか?」
「……はい」
ちろりと一度だけ舌を出す。緊張にも似た空気を察知した。けれどそれは一瞬だけで、そのあとには暗闇とひとつになっている時と同じくらいの安心感が押し寄せた。心臓の辺りが熱くなる。なにかが私を駆り立てる。
もしかしたら、この情熱的な安らかな気持ちを、人間は愛と呼ぶのかもしれない……なんにせよ、私は蛇だから、よくわからない。
ただ、今は、べビン様とキスがしたい。
引き合うように、もう一度口付けを交わす。今度はゆっくりと。甘美な刺激は私の鱗を貫き、骨や内臓まで震わせた。
夜は長い。これから朝までべビン様のおそばにいられるのだと思うと、幸福を感じる。