冥府三兄弟

 眠りの濃霧に覆われていた意識が覚醒した。

 瞼を持ち上げると、燈の欠けた視界に最初に飛び込んできたのは、寝室の見慣れた天井だった。部屋の東側の遮光カーテンはまだ閉まっていて、室内はぼんやりと薄暗い。

――なにかいい夢を見ていた気がする。

 そうだ。子供のころに戻っていた。

 兄ふたりと、無邪気に遊んでいた。おそらく、城で。かつてあった自分の部屋で。窓から差し込む光で兄たちの表情は逆光に翳って見えなかったが、笑っていたと思う。夢特有の理不尽で荒唐無稽な内容ではなく、リアルで、とても甘く魅惑的な夢だった。

 鼻から長く息を吐き、目を瞬かせ、毛布を引き寄せて、もぞもぞと寝返りを打つ。

 このままもうひと眠りすれば、夢の続きを見られるだろうか。

「いい夢を見ました。子供に戻っていて、兄者たちと遊んでいる夢です」

 朝食の席でにぽつりと零すと、向かいでソーセージを切り分けていたデスパー兄が興味深そうに眉を持ち上げた。

「悪夢じゃなくてよかったですね。あなたは怖い夢を見て泣いて起きては、兄者や私の部屋まで来たでしょう。よく一緒に寝たものです……」

「いつの話をしているんだ」

 斜め向かいで長兄が鼻を鳴らした。

「もちろんよく覚えているよ」ちぎったパンを口に放り込む前に続ける。「デスパー兄は寝相が悪いから、僕はベッドから蹴り落とされて、その度に泣きながら兄者の部屋に行ったんだから」

「……そうでしたっけ?」

「そうだよ」

「そうだったな」

 兄と声を揃える。「懐かしい思い出ですねぇ」デスパー兄は悪びれた様子もなく切り分けたソーセージを口元に運んだ。

「私も夢を見たぞ」

「どんな夢ですか?」

「お前が見た夢と似たようなものだ。子供のころに三人でよく遊んだ丘があっただろう? そこで野苺を食べたり、走り回ってはしゃいでいる夢だ」

「兄弟ふたりが揃って似たような夢を見るなんて、不思議ですね。兄さんは夢を見なかったの?」

 デスパー兄はソーセージを飲み込んでから言った。「見ましたよ」

「どんな夢?」

「大金持ちになる夢です」

「はっ、がめついお前らしい夢だな」

「がめついとは失礼な。倹約家と言ってほしいものですね」

「お前のどこが倹約家だ」

 長兄は肩を揺らして笑った。

 つられて頬が崩れる。

「オウケンまで……失礼な兄弟ですね、まったく」

 デスパー兄はそう言ったものの、控えめに笑っていた。

 穏やかな一日のはじまりを嬉しく思いながら、あたたかな気持ちを胸に、パンをちぎった。