「さあ、オウケンの番ですよ」
デスパー兄はそう言って余裕たっぷりに腕を組んだ。自信満々なのが鼻息で伝わってきた。賭けたのが銅貨一枚といえども、手加減してくれない。
ううんと唸って顎を摩る。
目下、八×八マスの盤の上で繰り広げられる白と黒の静かな戦いは、兄の方が有利だった。そもそも、今まで兄に勝てたことがない。あと一歩というところで追い詰められてしまう。
「困ったな」
ふっと笑って白のルークに手を伸ばし――宙で止め、引っ込める。
そこへちょうど、長兄がやってきた。
長兄はなにも言わずに盤を見下ろし、顎に手を添え、眉間に皺を寄せた。こちらが不利なのはお見通しだろう。
「ナイトを取れ。そうすれば逆転する」
「あっ!」向かいでデスパー兄がテーブルの両端を掴んで勢いよく立ち上がった。「兄者! ずるいですよ」
「ずるいものか」
長兄は喉の奥でくつくつと笑った。
言われた通りに駒を動かして黒のナイトを取ると、デスパー兄は歯を食いしばって顔を赤らめた。
「ぐぬぬぬ……もう少しでチェックだったのに」
「少しは手加減してやれ」
長兄は鷹揚とマントを翻した。
高揚感がじわりじわりと込み上げてくる。
今日こそは、兄さんに勝てそうだ。