薄闇に剣戟の音が響いている。
おや、と足を止めて辺りを見回す。
どうやら音の出所は中庭のようだった。書物を小脇に抱えたまま音を辿ると、板金鎧を着込んだ兄と弟が、鍛錬用の剣で打ち合っていた。
距離を置いたまま、ふたりに視線を溜める。
金属と金属が真っ向からぶつかる重々しい音がした。一撃を受け止められた兄の剣が、今度は目にも止まらぬ速さで下から上へと虚空を薙いだ。
ああ、オウケンの負けだ。
一刹那、目を瞠った。
兄の剣は重く速いということを、身をもって知っている。
弟の手から弾き飛ばされた剣がくるくると回転して宙を舞い、地面に突き刺さった。オウケンがどうっと崩れ、膝を突いた。
「さすが、兄者だ」
間遠な呼吸混じりのオウケンの声が耳に届く。背中を向けた弟の表情はわからないが、おそらく困ったように笑っているに違いない。
手の甲で汗を拭う兄がこちらに気付いて、控え目に手を上げた。すると弟が振り返った。彼は白い歯を見せて笑った。
「兄さん!」
「精が出ますね」
咳払いをしてふたりに歩み寄る。
「お前もやるか?」激しい打ち合いだったのに、兄の呼吸はもう整っていた。
「いえ、私はこれから書庫に行くので」
ぎこちなく笑うと、兄は鼻白んだように半眼で「また書庫か」呟いた。
背筋を伸ばして、抱えた本を強く抱く。
ほんとうは兄たちと鍛錬がしたかった。しかし己には武の才がない。己の非力さは理解している。相手の剣筋がわかっていても、受け止めるだけで精一杯だった。否、かわすことすら難しい。対処法は頭で理解しているのに、身体がついてこないのだ……。
「ああ、デスパー兄」
弟が立ち上がった。
「あとで少し時間をもらえないだろうか」
息はもう乱れていなかった。
――鍛錬に付き合ってほしい。
そう弟から告げられた時、思わず目を瞬かせた。
「私と鍛錬を?」
弟は大きく、しっかりと頷いた。
「僕はもっと強くなりたい。兄さんたちを支えられるように。冥府の民を護れるように。だから、デスパー兄の力を貸してほしい。知恵を授けてほしい。僕に足りないものを教えてほしい」
「そうですか……」弟の声は、クリアに頭の中に流れ込んできた。「鍛錬は厳しいものになりますよ」
弟は口の端を持ち上げた。「覚悟しているよ」朗らかな表情だった。
「よし、まずは兄者をびっくりさせてやりましょう」
弟の手を取り、フンッと鼻息を吐く。
弟の眸は、迷いもなく、生き生きとしていた。