「今日は息抜きに遠乗りに行きましょう。たまには違う景色を見るのもいいでしょうから」
鍛錬のために中庭に行くと、兄は一頭の馬を曳いていた。毛艶のいい白馬だった。離れたところには鬣の赤い馬が繋がれていて、悠々と草を食んでいた。
「兄さんと遠乗りに行くのははじめてだね」
兄の馬は興奮しているのか、少し落ち着きがなかったが、赤毛の馬は大人しかった。
鞍に兜を引っかけ、城門まで曳いた。
兄が白馬に跨るのに倣って馬に乗り上げる。風に靡く鬣が燃え盛る火のようだ。
蹄音を響かせ、兄に続いた。どこに行くのかわからなかった。振り返ると、城の燈が遠くなっていた。
風を切る音や馬の息遣い、筋肉の脈動すら新鮮だった。移ろう景色は少しずつ、どこか懐かしいものへと変わっていった。濃い紫色の葉を茂らせた白い木々の間を抜けると、拓けた丘に辿り着いた。
子供のころ、よく兄弟三人で遊んだ場所だった。
「ああ、懐かしいなぁ」馬から降りて辺りを見回す。甘い果実が実る木も、丘の頂上にある平たい大岩も、地平線で灯る街の燈もあのころと変わらない。
今は、背の高い兄に肩車をしてもらわなくても手を伸ばせば果実に届く。岩の上で立ち上がらなくても遠くまで見渡せる。
「ここで三人でした約束を覚えていますか、オウケン」
「どんな時も三人で支えあっていこう、だったね」
「そうです。これからもそれは変わりません。私たちは血の繋がった兄弟ですから。私たちは、時に廻り道をしてきました。そしてここに立っている。決して楽な道ではなかったですが、だからこそ今があります。無駄なことなどなにひとつとしてなかった。この先も幾度となく苦難にぶつかることがあるでしょう。ですが、歩みを止めてはいけません。足が止まってしまいそうになったら、兄者と私を頼りなさい。いいですね?」
兄は莞爾と笑んだ。
「さて、楽しい廻り道もたまにはいいものでしょう? 明日からまた頑張りましょう」
風が吹き抜けた。ずっと遠くで街の燈がちろちろと揺れている。
胸の奥が熱くなった。
僕たち三兄弟の絆は、誰にも断ち切れない。