デスハー

 生き写しとは、このことをいうのだろう。

 冥府の民たちが街の広場に作り上げた銅像は、細部まで精緻で、まるで鏡を見ているようだった。

 鏡は嫌いだ。

 だから、すぐに銅像の顔面を渾身の力を込めて金棒で滅多打ちにした。

 見る影もなくなった金属の顔を見上げていると、ざわめいていた民衆は少しずつ静まり返っていった。

「兄者……」

 ふと声のした方へ首を巡らせると、青褪めた顔の弟――デスパーが、途方に暮れたように人垣の最前列で立ち尽くしていた。

 金棒を担いで鼻を鳴らすと、弟は端正な顔を歪ませて、なにも言わずに項垂れた。

 物心ついた時から、容姿にコンプレックスがある。残虐非道の限りを尽くしてきた父によく似ているこの顔が嫌で仕方がなかった。

 両親からは愛を注いでもらえず、デスパーと違って女が寄ってきたことは一度もない。温情のかけらも与えられずに育ち、心を蕩けさせるほどの恋に落ちたこともなかった。煌びやかな青春とはほど遠い青年期だったが、そばには愛すべき弟たちがいた。書物や剣があった。いずれも父の時代を終わらせるためにも、王としての責務を果たすためにも必要だった。

 日々研鑽を積み、弟たちと父に反旗を翻し、屍山血河の歴史を冥府に刻み、父の時代を終わらせて玉座についても、剥き出しのコンプレックスは消え去りはしなかった。

 日々民のことを考え、冥府を護ることを常としていながら、今でも鏡を見ると父を思い出して憂鬱になる――。

「デスハー王万歳!」

 近くで静寂を破る声が上がった。

 誰かがまた「デスハー王万歳!」と叫んだ。

 己を讃える声は次々と上がり、次第に大きくなっていった。周りを見渡せば、多種多様な者たちが穏やかな表情を浮かべていた。皆笑っていた。

 ああそうだ。己は父とは違う。王として護るべき安寧がここにある。尊ぶべき民がいる。

――血腥い歴史を繰り返してなるものか。

 民衆に手を振って、城に戻ろうと踵を返す。

 広場をあとにしても、湧き上がる歓声は止まなかった。

 ふっと口元が緩んだ。肩にのしかかる重圧が、少しだけ軽くなった気がした。