「君とキスしてみたい」
聞こえなかったことにしたいが、聴覚センサーははっきりとパスファインダーの声を拾っていた。
「僕も君みたいに口唇機構があればよかったのに」
カメラアイで光っていた好奇心と親愛が翳る。胸部ディスプレイは一瞬で真っ青になり、中央のフェイスマークは涙を流した。
「飲食もできないこの身体にそんなものが必要だと思っているのか?」
「だって、口唇機構があったら、君とキスができるんだ」
「生憎私のここは溝になっていて」指先で軽く顎を叩く。「口唇機構というよりも、排気口だ」
「僕にはそれすらないよ。ああ……キスってどんな感じなんだろう」
「そんなに気になるか?」
「うん!」
大きく頷いたパスファインダーがまたなにか間抜けなことを言う前に、ディスプレイ横の動力パイプを掴み取った。引っ張ったとしても、彼の重量では機体を引き寄せることができないので、自分から面を近付けて、陥没した嗅覚センサーの少し下の部分を無防備な首元に押し付けた。
彼の身体も、皮革に覆われた頚部だけは柔らかかった。触れるだけだったが、パスファインダーの熱が伝わってきた。
「これで満足か?」
返事がなかった。暗殺者から不意打ちを食らった彼は、フリーズしていた。その様が滑稽で、ボイスモジュールを震わせて笑う。
「ああ、これでは足りないか」
オレンジ色の燈を灯すカメラアイのレンズにも鋼鉄の口付けをくれてやることにした。湿り気を帯びた排気で、レンズがうっすら曇った。
「レヴナント……」
離れて、一拍置いて、彼は動き出した。所在無さげに垂れ下がっていた両手が腰に回り、抱き寄せられて、隙間なく胸部が密着する。
「僕、君とキスをした……なんだかボディが熱くなってきた。回路が冴え渡ってる気がする」
「わかったから離せ」
「お願い、もう少しこのままでいさせてほしいな。僕たちははじめてキスをしたんだから!」
パスファインダーの腕の中で、負荷を受けた関節が悲鳴を上げる。
「……ッ、か、加減をしろ」
生理機構など要らないと思っていたが、今だけは、彼が泣き言を言って突き放してくれるまで噛み付いてやりたかった。