襟尾×津詰

 馴染みの定食屋で昼飯を食い終わった時のことだった。
 エリオは「そうだ。見せたいものがあるんです」と、どこか得意げな顔でスラックスのポケットからなにか小さなものを取り出して見せてきた。
 エリオの指先に摘まれていたのは、根付紐にぶら下がった、デフォルメされた虎の頭だった。雄々しいというよりかは、どこかふてぶてしさすら感じる顔をしている。
「なんだそりゃ」
「ご当地の動物ストラップです。土産でもらったんですけど、この虎、ボスに似てませんか?」
「ああ?」思わず虎を凝眸する。老眼のせいか、ぼやけるので眉間にシワが寄った。「似てねえだろ」
「似てますよ。この凛々しい感じが特に。かっこいいじゃないですか」
 エリオは虎を見て、うっとりと吐息をついた。
「この虎のことをボスだと思って大切にするために自宅の鍵につけようと思ったんですが、やめたんです」
「だろうよ。毎日顔合わせてんのに、家に帰った時くらい俺の面なんか見たかねえだろうからな」
 二杯目の緑茶が入った湯呑みを口元に寄せながら言うと、エリオは「そうじゃないです」唇を尖らせた。
「自宅の鍵につけたら、家に着くたびにボスに会いたくなるじゃないですか」
 口に含んだ茶を噴きそうになった。
「そんな俺といたいのか? 暑苦しい奴だな」
 微苦笑すると、エリオは熱っぽい視線を向けてきた。
「当然です。尊敬するボスと一緒に仕事ができる……こんなにも喜ばしいことはないですよ。オレは果報者です。いつ死んでもいいと言いたいところですが、ボスのそばにいたいので死にません」
 虎をポケットに仕舞い込むと、エリオは鷹揚と腕を組んだ。熱情のこもった穏やかな微笑みがそうさせるのか、はたまた飲んだ茶の温度のせいなのか、胸の辺りが熱くなる。
「喜べ。今日はお前の望み通り”ずっと一緒”だ。仕事が山積みだからな」冗談を零してふっと笑う。
「喜んで。さ、もうひと頑張りしますか」
 空のどんぶりを残して、揃って椅子から腰を上げる。
 やりとりを聞いていたらしい店主の親父が、カウンターの向こうから「アンタら仲が良すぎて暑苦しいな」からからと笑った。