「君は僕の名前をそんなに呼んでくれないけど、僕たちって、愛し合う恋人同士だよね?」
パスファインダーは、いつもこうして唐突に、恥じらうことなく平然と問い掛けてくる。慣れたことだが、時々〈サイレンス〉をぶつけて黙らせてやりたくなる。
彼の方へ面を向けると、見慣れたカメラアイがすぐそばにあった。
「友人同士ではセックスはしないだろう」
肯定も否定もせずに排気すると、彼は胸部ディスプレイに浮かぶフェイスマークの表示を切り替えた。
「僕は君のことを誰よりも大切に思ってる。愛してるよ、レヴナント」
合成音声は変わらず淡々としているが、ディスプレイはピンク一色で、中央に浮かぶフェイスマークの目と同じハートが、彼の周りに漂っている。
献身的で、マイペースで、愚かなほど無邪気なMRVNの愛情表現は拙いが、彼がストレートに伝えてくるひたむきな親愛の言葉をうまくかわせず、いつも動力コアを撃ち抜かれてしまう。
まぎれもなく、パスファインダーとの関係は緊密なものだ。愛を告げられ、意識するようになってからはますます彼と共有する時間と(一方的な)スキンシップが増え、今にいたる。鋼鉄はとうに融点を迎え、溶け、混ざり合い、煮詰まっている。
「僕の親しい友達は僕のことをパスって呼ぶのは知ってるよね」
彼のいう親しい友達の間抜けな顔が、次々と記憶領域内を駆け抜ける。同時に、不快感というウイルスが回路中に広がった。
「君にもそう呼んでもらいたいんだ。それで、僕は君のことをレヴって呼びたい。今以上に君の〝特別〟になりたいんだ。いいかな?」
回路を冒すウイルスが消えた。
パスファインダーの胸部ディスプレイの表示が忙しなく切り替わって定まらない。彼は緊張しているのだろう。返答を聞き逃さまいと聴覚センサーを研ぎ澄ませている僅かな間も、ありとあらゆる演算結果を叩き出しているに違いない。
「好きに呼べばいい。私もお前のことを好きに呼ぶ」
めまぐるしく変わる表示は、感嘆符で止まった。
「ホント? わあ、僕、すごく嬉しいよ」
パスファインダーの声は相変わらず無機だ。それでも、彼がはしゃいでいるのはよくわかった。
「レヴ、レヴ……レヴ。ああ、何度も呼びたい。君の名前をこんな風に呼べるのは僕だけなんだ!」
「そんなに嬉しいか?」
「もちろん!」
手を伸ばして、パスファインダーの頭部の側面に触れ、距離を詰めて聴覚センサーの辺りに面を近付けて囁く。
「これからもお前だけが私をそう呼ぶ。その名前を呼ぶほどにお前は私から離れられなくなるだろうな。ゆめ忘れるな。死が隣にいるぞ。この私と親しくなるとはそういうことだ。わか――」
「僕も君とずっと一緒にいたい! 愛してるよレヴ!」
熱烈なハグに、量産型の全身がみしみしと音を立てて軋む。
「は、離せッ、私をスクラップにする気か 」
「大丈夫、照れなくていいよ!」
プログラミングだけではできない愛情表現を覚えた彼は、この日一日中そばにいて、何度も名前を呼んできた。