気持ちいいことを覚えたら

「いいものを買ってきたよ」
 パスファインダーのいう「いいもの」は大体ろくなものではない。どうせまた鋼鉄の身体には必要のないものか、「いざという時のため」という理由で増えた、三つ目か四つ目のリペアパーツだろう。
「今度はなにを買ってきた?」
 彼がゲームの賞金で買った高耐荷重ベッドのヘッドボードに背中を預けたまま、伸ばしていた足を組み、少しだけ興味があるフリをする。
「僕とお揃いだよ、ほら!」
 ベッドに歩み寄る彼が両手で抱えているのは小ぶりな長方形の箱だった。商品が見えるように前面は透明になっていたが、中身を視認すると、彼のカメラアイを叩き割ってやりたくなった。
「また買ってきたのか!」
 それはロボットに対して歪な性欲を持つ変態が作り出した、生々しい男性器型の、ロボット用のアダルトグッズだった。
 パスファインダーはすでにこれをひとつ持っていて、これを股間に装着した彼は、盛った獣のようにがつがつと腰を打ち付けてくる。
「僕のと色違いだよ! 今夜はこれを君に着けてほしいんだ。僕の感じる気持ちよさを味わって欲しい」
「そんなもの、私は着けないぞ」
「どうして? やっぱり僕が着けて君の中に挿入する方が気持ちいいの?」
「……恥じらいというものは貴様にはないのか?」
「僕にだって羞恥心くらいあるよ」
「羞恥心がある奴はこんなものを買わないだろう」
「せっかく買ってきたのに、着けてくれないの……?」
 箱をシーツに置くと、パスファインダーは引き合わせた人差し指同士を突き合わせ、カメラアイを明滅させて、胸部ディスプレイを青くさせた。あざとい仕草だ。どこで覚えたのだろう。
「ぐっ……一度だけだぞ」
「やったあ! 僕も着けるけど、使い方をレクチャーするだけだから安心して。今日は君の排液口に挿入しないよ。これを使うと気持ちよくて君はブラックアウトしちゃうもんね」
「うるさい、黙れ。お前が加減というものを知らないからだ」
 パスファインダーはもう話を聞いていなかった。買ってきたおもちゃに夢中になっていた。テープで留められていたふたが雑に破られ、ふてぶてしいおもちゃを囲うプラスチック製の包装箱が外されていく。
「はい、じゃあ、着けてみて」
 シーツに転がったおもちゃは、シリコン製だ。
 これを股座に装着し、読み込んだチップを媒体にすることで擬似性器への摩擦や振動がパルスに変換されて自身の回路に流れ込む仕組みになっている。不規則なパルス信号は不随意な快楽となり、全身を駆け巡り、腰を振りたくてたまらなくなるのだ。
 おずおずとおもちゃを手に取り、身体を起こして膝立ちになり、前垂れを捲り上げて溝を探した。足の付け根の隙間に付属のフックを取り付けるのに苦労した。
 チップを読み込んでいる間、パスファインダーはナイトテーブルに仕舞い込んだ自分のおもちゃを取り出して、慣れた手付きで装着していた。
「これで準備完了だね」
 俯くと、そそり勃った一物が厭でも視界に入った。
「こうすると気持ちいいの、わかるかな?」
 膝立ちでにじり寄ってきたパスファインダーと向かい合った。
 彼は腰を突き出すと、勃起した性器同士を合わせて、こちらの擬似性器の先端を分厚い手の内側で包みこみ、そのまま幹に沿って根元までゆっくりと下ろした。
 ただのシリコンの塊が重なって、撫でられているだけ——のはずなのに、じくじくとした疼きが下腹部から腰回りを重たくさせた。
「……ッ、う、うぅ……」
 皮付きだった頃、さもしくも能動的な欲求は人を殺めることで発散されていたが、時折手に余る興奮を鎮めるためにマスターベーションをしたことがあった。ほめくペニスを握り、扱く時に感じる気持ちよさと同じだった。
「……こんな……ぐっ……」
「ね? パルスが流れて気持ちいいでしょ♡」
 パスファインダーが使うおもちゃは、摩擦を繰り返すと先端から内部に詰まっている生体オイルが流れ出ることを思い出した時、パスファインダーの分厚い錆だらけの掌の中で、ぬめる液体が溢れ出した。
「レヴナント……僕のも触って欲しいな……」
 快楽の糸に縛られて自由が効かなくなった手をなんとかパスファインダーの股座に向け、リアルな血脈を浮かせる幹を握った。
 交わった腕がぶつかりそうになりながらも擬似性器を擦り続けた。鈴口から流れ出たオイルで潤滑はよかった。シリコンと掌の間でぬちぬち、ぬちゅぬちゅといやらしい音が跳ねて、羞恥心をくすぐる。
「すごく……気持ちいい……もっと触ってほしいな……レヴナントは強く握った方が気持ちいいの? 機体が震えてる」
「ああ……おかしくなりそうだ」
 排気が届く距離で向かい合い、密着させた擬似性器同士を互いに扱く。全身を駆け巡る愉悦は、胸部ハッチの奥で眠るコアを熱くさせた。
「レヴナント……ごめん、僕……やっぱり……君の中に挿れたい」
 興奮しているくせに、パスファインダーは平坦に言った。
「……いいぞ」
 排気混じりに囁いて、空いていた手でパスファインダーのカメラアイの側面に触れる。
 股座が疼いているのは、回路を刺激するパルスのせいではない。
 乱れたシーツに片肘を突いて身体を横たえ、爪先を天井に向けて伸ばすと、取り付けた男の象徴と閉じた排液口が丸見えになった。 
 睾丸の真下にある排液口のハッチを開けると、距離を詰めたパスファインダーは、足首を掴んで持ち上げてきた。
 廃液で蒸れる孔に、彼は一気に昂りを突き立てた。
「ん……♡ヴゥ……♡」
 ずしりと下腹部に響く衝撃に、全身は硬直と弛緩を繰り返した。シーツを握りしめ、快楽に喘ぐ。パスファインダーは両手で片足を抱え込むと、膝立ちのまま腰を振りはじめた。
 がしゃりがしゃりと機体がぶつかる重々しい音が、ペニスが廃油をかき混ぜる淫猥な音に被さる。
「はげ、し……ぞっ、パスッ……!」
「気持ちいい、気持ちいいよ、レヴ……!」
「オ”ッ……ア、ァ……♡」
 動きに合わせて股座で肉杭がぶるぶるとしなった。一握の好奇心が悪い熱となって理性をほだしていく。おそるおそる震える指を伸ばしておもちゃの先端に触れる。
「…………!」
 強烈な極到感が背骨を貫いた。微かな刺激は甘い毒だった。
「僕も触ってあげるね」
 加減を知らないパスファインダーの手におもちゃを握られた。 
 緩やかに前後する手によって、さらなる責め苦に見舞われ、死にかけの虫のように全身が痙攣する。
「パ――パス、ア”ッ、アア! よせッ!」
 下腹部から広がる手に負えない熱は全身を熱くさせた。頭の先から爪先までプレスされたように力が入らない。重苦しい衝撃は絶え間なく回路を犯す。演算処理が僅かに遅延した。ブラックアウトしてしまいそうだった。
 溢れた廃油が防水性のシーツにシミを作る。
 果てても抽挿は止まらない。手も離れない。
 熱を帯びた機体が強張って、目の前が真っ暗になった。

「レヴナント、ごめんね!」
 パスファインダーの胸部ディスプレイは真っ青だった。中央のフェイスマークは涙を流していた。
「快楽で理性が蒸発するなど、貴様はほんとうにロボットか?」
 ねちねちと説教を垂れるつもりはないが、あのキケンなおもちゃは二度と使いたくなかった。
「次に接続する時は」乾いた生体オイルでべたついた指で、己の胸部ハッチをつつく。「ここを使え。いつもの接続で十分だ」
「わかった」パスファインダーの声は沈んでいたが、胸部ディスプレイはけばけばしいピンク色に切り替わっていた。