眠りの底に落ちていた意識は、マドラーでグラスの中を掻き混ぜるようにゆっくりと浮上した。
今何時だろうか。瞬きを繰り返し、しょぼついた目でナイトテーブルに置かれた目覚まし時計を視線で探す。デジタル時計のディスプレイに表示された角ばった数字を見て、顔をしかめる。起床時間を一時間過ぎていた。正直まだ眠い。いっそもう少しだけ寝てもいいだろうか。あと十分。いや、五分だけ。
ブランケットに潜りこんで丸くなる。シーツとブランケットに染みついた心地好い温もりに包まれてうとうととしていると、部屋のドアが開く音がし、間もなくしてブランケットを勢いよく剥がれた。
「起きぬか」
起こしにきたのはマシュではなく、イヴァン雷帝だった。耳に馴染む低い声は、いつもより不機嫌に感じられた。毎朝食堂で朝食を一緒にとっているのに、今朝は寝過ごしてしまったのだから、当然だろう。
「ツァーリ……おはよう……」
寝起きの声で朝一番の挨拶をして、観念して、のろのろと起き上がる。
「汝が寝過ごすとはな。朝食の時間は過ぎているぞ」
「今日は一緒に食べられませんでしたね。すみません」
「余は寛大だ。寝過ごしたことは赦す。さあ、支度をして早くくるがよい。これ以上余を待たせるな」
「えっ、もしかして、待っててくれたんですか?」
イヴァンは浅く鼻息をついた。
「余は汝と朝食をとると決めている。それが余の一日のはじまりである」
嬉しくなると同時に、顔が火照った。耳が熱い。
「何故顔を赤くさせるのだ?」
「だって、照れるじゃないですか。なんだか……ほら、新婚さんみたいで」
「そうか。それはよい。愛らしい」
大きな掌が寝ぐせだらけの頭にそっとのった。掌はそのまま耳の横を滑り、太い親指に頬を撫でられた。傷つけぬように慎重に触れてくれるのは、彼なりのやさしさだった。
今日はきっと、いいことがあるに違いない。
そんなささやかなことに胸を躍らせて、ベッドを出た。