「昨日、ホログラムでオペラを観たんだ」
パスファインダーは、胸部ディスプレイに浮かべたフェイスマークで微笑みながら続けた。
「とっても面白かったよ」
口振りからして初体験だろう。彼は、機械には不必要なものに触れては人間らしい感性を習得することを喜ぶ。分析し、学び、糧としているが、感性は人間のそれと違って客観的で、合理的で、時に無情だ。まるで舞台の上で描かれる悲劇のように。
「レヴナントはオペラを観たことある?」
「ああ。喜劇が好きだ」
「ええ! 君が? 意外だ!」
「オペラは殺人を喜劇として描くからな。お前が観たものはなんだ?」
「ネタバレになっちゃうけど、話してもいい?」
「もちろん」
彼は興奮気味に、セリフを交えながら身振り手振りで語りだした。彼が観たのは新約聖書の挿話を元にした歌劇だった。
「それでね、その銀の皿には生首がのってたんだ! それを見て彼女はこう言ったんだ。『お前はこの口に接吻をさせなかったのね。いいわ。今私が接吻をしてやるから』って! 人間ってすごいね、好きな人の首にキスをするんだよ。死んだあとも大事にしてもらえるって、なんだかロマンチックだよね」
彼らしい、少しズレた感想だった。
「狂おしいほど執着してようやく口付けができたのだ。終わりはどうあれ、それは喜劇だな」
「それでね、僕も大好きな君の首なら大事にするなぁって思ったんだ。ただ僕には口唇機構がないから、ぎゅって抱き締めるだけになるけどね。君は僕が首だけになっても大事にしてくれる?」
「お前にしては面白い問い掛けだな」
獲物に狙いを定めたクーガーのように音もなく距離を詰めて、パスファインダーの頸部を覆う人造皮革に指を這わせる。
「わ! レヴナント?」
「私はお前の首は望まないが、お前が壊れたら、私はきっといつまでもお前の残骸に執着するだろう。その身体が錆びて朽ち果てたら、残った首を拾い上げて、アイカメラに口付けをしよう」
湿った排気がオレンジ色の燈を灯すアイカメラのレンズを曇らせた。パスファインダーの丸みを帯びた頭部の側面をゆっくりと指先で撫でてやる。
「わお……僕って幸せ者だね」
じっと見詰め合っていると、先にパスファインダーが声量を抑えてうっとりと呟いた。
「だけど、僕は故障したりなんてしないよ?」
「どうかな。今も私の機嫌が悪ければ、ここに風穴が空いていたかもしれないぞ」
発声モジュールに空気を含ませて笑い声を漏らし、指先で彼の胸部ディスプレイをつつく。
「僕たちが殺し合うのはApexゲームでだけだ。それに、僕は君を愛してる」
パスファインダーの手が腰に回って、引き合った機体が密着する。
アイセンターは、パスファインダーだけを捉えた。
「今、私が口付けをしてやろう」
排気して、面を傾け、希望の灯火が瞬くアイカメラに口唇機構を押し当てた。
冷めることのない狂熱が胸部の奥で息づくコアを熱くさせた。
私たちの終わりは、きっと喜劇だ。