地獄の底から愛を込めて

 睡眠が必要ない私たちは、夜すがらパスファインダーが住居としている倉庫で過ごすこともあれば、外に出て星を見ることもある。朝日が昇るまで散歩をしたり、夜の街を闊歩する野良猫と戯れたりもする。メンテナンスやエネルギー供給を行う日以外は、それこそ当たり前のように共に過ごしていた。

 なにひとつとして同じ夜はない。

 今夜もそうだ。

 私はイコライザーを繰り返しながら彼の話に耳を傾ける。おしゃべりロボットの話題は尽きない。

「昨日観た映画の話をするね」

 指の先まで転がしたデバイスをパスファインダーの手元に落としてやると、彼はそれを大事そうに掌で包み込んだ。

「核戦争で人間が住めなくなってしまった星に一機だけいるロボットの話なんだけど、彼は物語の終盤でコアへのエネルギー供給ができなくなって死んでしまうんだ。彼は実は星に残っていた弱い生き物たちを護るかっこいいロボットだったんだけど、彼が死んで、生き物たちは遠い星からきた人間たちに殺されちゃうんだ」

 悲しい話だったよと結んで、パスファインダーは胸部ディスプレイを青くさせて、中央に浮かぶフェイスマークで泣いた。

「その映画を観終わったあと、僕が死んだら世界はどうなるんだろうって考えちゃったんだ」

デバイスが返ってきた。

「お前が欠けたところで世界は変わらない」

手の甲でバランスを安定させ、肘の辺りまで転がす。

「だが、お前がいなくなったら夜が長くなる」

 パスファインダーは思考しているのか、背筋を伸ばしてアイカメラのフォーカスリングをきゅるきゅると回転させた。

「君なりに悲しんでくれるんだね」

 デバイスを掌に戻して握り潰し、パスファインダーから(かお)を逸らす。

「お前は言ったな。私より先には逝かないと」

「うん」

「私とともに生きるのは、地獄だぞ」

「君といられるなら、地獄だって、煉獄だって構わない」

「案内人が必要だな」

「僕、ウェルギリウスに会ってみたいよ。楽しくおしゃべりできそうな気がする」

「フン、お前の声は地獄の底にいても聞こえそうだな」

 手持ち無沙汰になった手を掬い取られた。手はそのまま、パスファインダーのアイカメラまで運ばれた。冷たいレンズが手の甲に触れる。彼なりの口付けだった。

「よく聞いて、レヴナント。君が安らかな最期を迎えられるまで、僕は君のそばにいるよ。どれくらい時が経とうと僕の愛は変わらない。知ってる? こんな言葉があるんだ。『愛は太陽や星をも動かす』ってね」

「お前は機械のくせにロマンチストだな」

「ロマンチストが隣にいるのもいいでしょ?」

「まぁ……そうだな。悪い気分ではない」

 彼が隣にいると、散々味わってきた死の瞬間の耐え難い苦痛を伴う記憶(ログ)は再生されなかった。パスファインダーがそばにいることで、仄暗い過去の片鱗を忘れることができた。

 彼と過ごす夜は短い。

 けれどこんな夜がずっと続くわけがない。

 パスファインダーはいつか壊れてしまう。

 己より先に呆気なく逝ってしまうだろう。

「大好きだよ、レヴナント」

 錆び付き、塗装が剥がれたパスファインダーの手を見据えて排気する。

――私はこんなにもこいつに依存しているのか。らしくないな。まったく、らしくない。

 パスファインダーとは時間を共有しすぎた。いつの間にか、回る歯車同士が噛み合うような関係になってしまった。この歯車が止まるまでは、彼とともにありたい。

「知っているか? こんな言葉がある。『光を与えれば、人は自ずと道を見つける』……私の光はお前だ」

 多くの命を奪ってきた手で、パスファインダーの手を握る。

 愛などという言語化できない蒙昧なものは嘲笑して然るべきだ。

 それでも今この瞬間だけは、そんな眩い情に縋りついていたかった。