その日、十五時をすぎた頃、エミヤが焼きたてのパンケーキを運んできてくれた。聞けば、幼いサーヴァントたちにおやつをせがまれ、張り切って作りすぎたのだという。
シンプルな白い皿の上のパンケーキは、まんまるで厚みがあって、きれいな焼き色だった。とけかけのバターの馥郁とした香りと生地のほのかに甘い香りが食欲をそそる。
エミヤのパンケーキを食べるのはいつぶりだろう。
ひとつの曇りもなく磨かれたナイフとフォークを両手にごくりと喉を鳴らす。
「マスター」
突き立てようとしたフォークの切っ先が生地に触れた時、そばで耳に馴染む低い声がした。
「イヴァン雷帝? どうしたんです?」
霊体化したサーヴァントの姿は見えないが、反射的に身体の向きを変え、室内に視線を滑らせる。
「汝はずいぶんと嬉しそうに見える。それは笑みが零れるほど美味なるものなのか?」
「パンケーキ、食べたことないんですか?」
「余はパンケーキなるものを知らぬ」
意外すぎるほど平坦な声が返ってきた。
「そうですか……エミヤが作ってくれるパンケーキはとっても美味しいので食べてほしいです。一口あげますから」
「余がこの窮屈な部屋に姿を晒せると思うか?」
「窮屈で悪かったですね。うーん、屈んでくれれば天井ギリギリで入れると思うんだけどなぁ……」
数瞬間をおいて、部屋の中央に音もなくイヴァンの巨躯が現れた。少し背中を丸めてはいるものの、肩口を一巡する左右対称に湾曲した青白い牙の尖端が、天井に当たっている。
イヴァンは更に身体を屈めた。普段見上げているかんばせがそばにある。嬉しくなって、パンケーキを半分にカットし、落ちないよう真ん中にフォークを突き刺し、彼の口元へ運ぶ。
「あーんしてください」
「………………」
彼は難なく一口で食べた。
「どうです?」
「ふむ――美味だ。パンケーキというのは、甘いな。スィールニキのようなものかと思っていた」
「スィールニキ? なんです、それは」
「知らぬか。チーズを用いた焼き菓子である」
「へえ、美味しそう。食べてみたいです」
「赤き弓兵に頼むがよい。如何にして作るか、余は知らぬが」
「ふふ、だと思いました。でも、きっとエミヤなら美味しく作ってくれます」
フォークの軸を指の腹で挟み込み、くるくると左へ右へと反転させる。銀色の背にイヴァンの姿を映すフォークが、なんだか特別なものに思えた。
「その時は一緒に食べましょうね」
彼は何も言わなかったが、満足そうに鼻を鳴らし、再び姿を消した。
「あ、パンケーキ、もういいんですか?」
「余はもうよい。汝が食すがよい」
部屋に響く声は穏やかなものだった。
椅子ごとくるりと回転し、パンケーキと向き合う。一口サイズに切り、頬張ると、優しい味がした。