ラカムに好意を告げられ、所謂「恋人」になってから、共に過ごす時間が増え、何度か身体も重ねた。
情事の際に与えられる慈しむような愛撫や口付け、情熱に満ちた視線に年甲斐もなく熱に浮かされてしまう自分がいた。
夜な夜な紡がれる「好きだ」という囁きはひとつとして同じものはなく、自分には勿体ないくらい純真で、生き生きとしていた。
「好きだ、オイゲン」
今夜も、青年は愛をこめて言う。
首筋に押し付けられた唇が熱かった。
ひたむきな愛情が身体に刻まれていく、ラカムとの慈愛に満ちた行為は好きだ。が、彼は自制しているように思えた。自分を労わってくれているのかもしれない。
前に一度酔った時にベッドに雪崩れ込んだことがあるが、その時はそれこそがっつくように行為に及んだ。あの時のような本能に任せた情事をまたしてもいいと、オイゲンは思う。
ラカムは若いのだ。猛った男としての本能を自分にぶつけ、昂ぶりを注いでくれていい。理性など、かなぐり捨ててしまえばいい。
(オメエさんは優しすぎるんだよ)
夜の真ん中、ベッドの上で、低い天井をぼんやりと見詰めて、ラカムの背中に爪を立てて、目を閉じた。
情事の手伝いをしてくれる便利な道具は実に様々で、今回手に入れた興奮剤もそのひとつだ。
名前は忘れた。
透明なガラス瓶の正面に貼られた紫の地に鮮やかなピンク色のハートがあしらわれたラベルは安っぽいが、巷では――ご無沙汰の夫婦や刺激を求める恋人達には――評判がいいらしい。
熱い夜を過ごしたい相手の飲み物に微量(オイゲンにはその微量というのがどれくらいなのかわからないが)混ぜるだけで、半日もすれば相手は激しい欲情に駆られ、淫らな思考に呑まれ、快楽を求める……らしい。
正直眉唾物だが、掌に収まるこの小瓶に入った液体が、評判通り、ラカムに衝動的な肉欲を与えてくれればいい。
コルク栓を外して瓶口に鼻を寄せてにおいを嗅いでみると、熟れた果実のような甘ったるい香りがした。
半信半疑のまま少量水に混ぜ、昼食の時にラカムに飲ませた。
遅効性らしいので、効果が出るのは夜だろう。実際ラカムは飲んだあとも普段と変わりなく、束の間の休息に揃って羽を伸ばしたくらいだ。
期待した通りの効果が出たのは、夜に宿に戻ってからだった。
「なぁんか身体が熱っぽいんだよな」
就寝の支度を終え、向かいのベッドに腰掛けたラカムがそう呟いた時、オイゲンは大物を釣り上げた時のような気持ちになった。興奮剤の効果がようやく出たらしい。
「どれ、診せてみな」
腰を上げてラカムの隣まで移動して、額に掌を押し当てると、じんわりと体温が伝わってきた。確かに、熱い。
「急になんだろうな、風邪引いたわけでもないってのに」
ラカムの眸が潤んでいるように見えた。首筋や頬に触れると、自分の掌よりもずっと熱を帯びていた。
「オイゲンの手、冷たくて気持ちいいな」
目を細めて心地好さそうに呟いて、ラカムは微かに笑んだ。
ふたりの時にしか見せない安らいだ表情に、オイゲンはこのままラカムを抱き締めて寝かしつけてやりたいという衝動に駆られた。次の瞬間までは。
名前を呼ばれ、影が被さってきて、唇を塞がれた。
「……ラカッ、ん」
ぬるりと入り込んできた舌は熱い。息を継ぐ間もなく舌を絡め取られ、唇を吸われた。
ラカムの両腕はしっかりとオイゲンの身体に巻き付いていた。 胸を押しやる余裕もなく、されるがままについばまれた。
「……ッ、悪い、今日のオレ、変だよな」
我に返ったように離れ、ラカムは首を振った。
「もう寝るか、ごめんな、オイ――」
オイゲンは濡れた上唇を舐めたあと、ラカムの襟元を引っ張って、名前を呼ばれる前に言葉を飲み込んだ。
隙間から舌を差し込むと、間を置いて、奥に引っ込んでいた熱く柔い塊が滑り込んできた。ちゅるっと小さな水音が弾ける。
「ん……ッ」
箍が外れたような変化だった。頭を抱えられ、激しく貪られた。吐息すら取り零さないような口付けの最中、片手をラカムの股間に這わせると、屹立した本能がパンツを持ち上げていた。
「はッ……ひと汗かけば、熱も下がるんじゃねぇか」
ラカムの胸を押しやって離れると、粘っこい唾液が糸を引いた。
「一発ヤろうや、な?」
吐息混じりに耳元で囁いて耳たぶに噛み付くと、両肩を掴み取られ、視界が傾いて、背中がマットレスに沈んだ。
天井が遠い。覆い被さるラカムの表情は、天井から差すライトの明かりで翳って見えなかった。
熱烈な接吻を交わしながら服を脱ぎ捨てると、ラカムの荒い息遣いを直接肌に感じた。
皺だらけのブランケットを蹴って落とし、ラカムの首に腕を回した。
折り曲げた両足の間にラカムが割り入る。ぎしっ、とベッドが軋んだ。しとどに濡れ拓かれた薄い粘膜に雄が宛がわれる。
あっ、と小さな声が漏れた。
勢いは出っ張った雁首で止まったが、ラカムは身体を乗り出して、一気に突き入れた。
「……ッ!」
内臓を突き上げられるような苦しさに、手首を反らしてシーツを握り締めて耐える。深く息を吸って吐き出して、できるだけ下腹部に力を入れないようにしてラカムを受け入れる。
「ん、んん……あッ」
昂ぶりはゆっくりと体内を暴き、狭い肉壁を擦り上げながら奥へと潜りこんだ。
「オイゲン、ごめんな、痛かったら言ってくれ……あんまり優しくできそうにねぇんだ」
震える低い声には、溶けた理性の欠片が混じっていた。
「もう慣れちまったよ……あっ、ん、今日はッ、思い切り、突いていいんだぜ」
腹を埋める圧迫感に目を閉じ、覆い被さってきたラカムの背中にしがみつく。ラカムが動き始めると、反射的に声が漏れた。
排泄感に似た脱力感に肌が粟立った。濡れた肉が重なる淫猥な音が耳朶を打った。
膝裏を掴み取り、腰を前後に揺するラカムの動きに合わせてベッドが軋んだ。根元まで納まり、抜き差しがスムーズになると、なにも考えられなくなった。
「あ、んぐ……」
与えられる快楽は背骨を伝って、脳を直接突き上げるようだった。噛み締めた歯の隙間から鋭い息が漏れ、やがて色気の欠片もない唸り声に変わった。
「オイゲン……痛くねぇか?」
「オレは平気だ、構うな、続けてくれ」
ラカムはそれ以上何も言わなかった。不規則な息遣いで、余裕がないことがわかる。
(……頼むから構ってくれるな。こんなこすっからいことしてまで、獣みてぇになったオメエさんに激しくされたいだなんて、色魔みてぇなこと考えちまったんだからよ)
ごりっと音がしそうなほど大きく上壁を擦り上げられ、背中が反った。電流が身体を貫いたようだった。肉管の曲線に沿って奥を探る熱量に、声にならない声が出る。
気持ちがいい。
いつもの情事と同じであるはずなのに、自分が薬に頼ってしまったという背徳感が危なげな興奮を煽っているからかもしれない。
粘っこい水音は律動が途絶えるまで続いた。
「向き変えてもいいか?」
「ん、ああ……どうしたい?」
「後ろから」ラカムが言い終わる前に、生理的な涙で歪んだ視界が反転して、右半身が皺だらけのシーツに倒れた。「させてくれ」
のろのろと四肢を突いて四つん這いになると、硬いものが尻の割れ目に押し当てられた。ああ、くる。枕に顔を突っ込んで目を閉じる。
孔の淵を雁首が擦り上げ、肉杭が狭い体内をめりめりと圧し開く。腹の中から灼けるようだった。昂りは確実に深くへ沈んでいく。
「すげ……気持ちいい」
荒々しく突き上げられると、弛緩した身体が強張った。肉襞が収斂し、ラカムを締め上げる。ピストンは小刻みでも、衝突は十分に大きかった。両腕に後ろから胸を抱え込まれ、汗も入り込めないほど密着した。ラカムの腰だけが、淫らに動いている。
「んお……おっ、あっ、あがっ、そんな、したら……あ、待っ……てッ、あッ、小便漏れちまう!」
制止を求める声はラカムには聞こえていないようだった。ぱんぱんと肉と肉がぶつかる規則的な音が、オイゲンの雄叫びと重なる。
なにを思ったのか、揺れる男根を、ラカムは包み込んでしごいてきた。
逃れることも、抗うこともできなかった。
「~~~ッ!」
頭を擡げて目を閉じる。浮遊感の後、瞼の裏で閃光が散った。空っぽの左の眼窩が鼓動に合わせて疼いた。
中途半端に勃起した男根の先から、びゅるびゅると体液が噴射した。ラカムの腕の中で痙攣しながら、催したのが尿意でなくてよかったとホッとしたのも束の間
「ケツでイったんだな」
ねっとりとした囁きがオイゲンの羞恥心を刺激した。
「あ、アッ、言う、なッ……!」
「そんなに気持ちいいか?」
「ん、ぐ……!」
熱い吐息が項に吹きかけられた。迸った体液が伝う萎えた男根から手が離れた。背中にラカムの重さを感じながら、乱れた呼吸を整えることに集中する。
結合部からするばちゅばちゅという破裂音に、オイゲンは戦慄いた。音を上げると、ラカムはいつも腰を止めて優しく声をかけてゆっくりとした動作で再開してくれるが、今日はそれもない。欲望のままに、己の身体を貪っている。
「あっ、ラカ……ラカムゥ、そんな激しくされたらッ、ケツ……こ、壊れちまう!」
オイゲンは喉を反らして吼えた。
たとえるならこれは獣の交尾のような交わりだ。当然種を注がれても子を成すことはないが、男としての本能を剥き出しにし、ラカムは今オイゲンの体内に自身の証を残そうとしている。
「……好きだ」
耳元で呟かれた想いは随分と切なげだった。どうしていいかわからないとでもいうような震える声は、オイゲンを怒涛に飲み込んだ。
オレもだよ。シーツをきつく握り締め、オイゲンは声に出さず答える。目に浮かんだ涙が睫毛に絡んで、目尻を伝い落ちる。
肩口を咬まれ、腰を掴まれ――体内でラカムが弾けた。
「聞いてくれオイゲン、ほんとに熱が引いたぞ」
翌朝、寝起きの頭に響いたのは、嬉しそうなラカムの声だった。
「そうかい。よかったな。おかげでジジイの腰は使い物にならねぇけどな」
ぼりぼりと頭を掻いて起き上がる。ラカムは自分のベッドに座って煙草を燻らせ、けろっとしていた。
「悪かったよ。昨日は……止まらなかったんだ」
「オメエさんがよかったならいいさ。たまには激しくしてくれていいぜ」
引き寄せた膝に頬杖を突いてくっくと笑うと、昨晩の行為を思い出したのか、ラカムの顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「……あー、朝飯はどうする?」
「もう食ったのか?」
「いや、これからだ」
「じゃあ一緒に食うか。先に食堂行っててくれ」
「わかった。あとでな」
「ああ」
ラカムが部屋を出るのを見届けてベッドを出て、荷物の中に隠していた興奮剤の瓶を取り出した。
こんなものに頼らなくてもよかったのかもしれない。本能的な行為よりも、揺るぎない愛情を感じて交わった方がずっといい。なにより、ラカムはこんな自分へ惜しみなく愛情を注いでくれている。それがたまらなく嬉しい。
これを自分が飲んだらどうなるのだろうという好奇心を抑え、中身をトイレに流して、ラベルを剥がしてから瓶を捨てた。
それから、身支度を整えて部屋を出て、ラカムの待つ食堂へ向かった。