ラカム×オイゲン

 アウギュステ列島でオイゲンと再会した時は、夢でも見ているのかと思った。

 日に焼けた顔に浮かんだ皺や蓄えられた濃い口髭で一瞬わからなかったが、撫で付けた褐色の髪と左目の眼帯、そして、人を惹き付ける竹を割ったような笑い声ですぐにわかった。あの、オイゲンだと。

 空は広いから、一人前の操舵士として送り出されてからもう会えないものだと思っていた。

 島での騒動が治まって、彼が騎空団の一員として共にグランサイファーに乗り空を巡ると決まった時は年甲斐もなく浮かれたものだ。在りし日の大切な思い出を支えにしなくてもいいのだと。

 今では、終夜(よすがら)オイゲンと酒場で美味い酒を飲みながら話をするのが日課のようになっていた。

 アンタは覚えてるかな? こんなことがあったよな、と懐かしさに顔を綻ばせ昔の思い出を紡ぐと、オイゲンは目尻の皺を深くさせて「覚えてるさ」と言う。この一言がたまらなく嬉しかった。あの頃のような、新鮮な気持ちになれる。

「ラカムゥ、オメエさんよく覚えてたな」

「オレも自分じゃ不思議なくらい、よく覚えてるんだ」

 オイゲンにとっては遠い昔の些細な話であっても、ラカムにはまるで昨日のできごとのように鮮明だ。景色やにおい、色や音も思い出せるくらいはっきりと、彼と共に騎空団で過ごした日々を覚えている。

 恐れを知らず、生意気で純粋だった自分に、世の習いや生きる術を教えてくれただけでなく、一人前の操舵士になれるように鍛え上げてくれたのはオイゲンだ。

 いつも、彼の背中を追ってきた。今では彼よりも背が高くなって、男としても立派に成長したのに――少なくともそう思っている。操舵士としての経験や技術、戦場での采配の手腕はオイゲンに比べればまだ足りないかもしれないが――オイゲンはいまだに自分を子供扱いする。

 照れくさいような、胸がむず痒いような、複雑な気持ちになる。

「迷子になって路の端っこにうずくまってベソかいてた頃が懐かしいぜ」

 取っ手の付いた木製のゴブレットになみなみと注いだ酒をあおって、オイゲンは豪快に笑った。

「なぁ、オイゲン、オレはもうガキじゃないんだ。勘弁してくれよ」

「オレにとっちゃラカムはいつまで経っても鼻たれのガキだ」

「ったくよぉ……」明朗に笑うオイゲンを横目に、紫煙を天井に向けて吐き出し、燻らせていた煙草を灰皿に押し付ける。「一人前の男に言うことかよ」

「んー……そうだなぁ」オイゲンはゆっくりと椅子に背中を預けた。「オメエさんがいつか身を固めたら成長したと見てやってもいいぜ」

「はぁ? なんだよそれ。オレはそんなことは考えてないぜ」

「家庭を持つ、家族を護るってのはなによりも難しい。並大抵の努力じゃ無理だ。それをやってのけたら一人前の男だ。好いた女はいねぇのかい? 見てると結構モテてるじゃねぇか」

 オイゲンの問い掛けに、無意識に顔を逸らしていた。視線を手元の古びたゴブレットに移して唇を浅く噛む。子供扱いされる時よりも歯痒い気持ちだ。

「……ずっと前から好きなヤツはいる」

「へぇ!」途端、オイゲンは食い付いてきた。「どんな女だ」

「もう何年も……その……好きなんだ。あっちはオレのことを男として見てくれないし……きっと真面目に気持ちを打ち明けても、冗談だと思われるに決まってる」

「かぁ~、純情だな! そこまで好きなら告白すりゃあいいじゃねぇか、男なら攻めてみろよ」

 肩に載ったオイゲンの手が重たく感じた。

 オイゲンの目を見ることができないまま引きつった笑みを返す。

「まぁ、ほら、なんだ、なにごともタイミングってもんがあるだろ、ここぞって時に打ち明けるさ。一世一代の告白になるかもしれないけどな」

 誤魔化すように肩を竦めて、胸に沸いた苦い気持ちを、ゴブレットの中身と共に飲み干した。

 オイゲンとの出会いは忘れもしない、九歳の時だ。

 彼は、ボロボロに朽ち果てたグランサイファーを空に還すという夢を笑わなかった初めての人だった。「この人についていこう」なんていう、子供らしい、安心感に似た期待を持った時から、ずっとオイゲンの背中を追っていた。

 オイゲンや、その仲間と騎空艇で旅をした日々は、今も生き生きと胸に刻まれている。

 そして、思い出の中のオイゲンを瞼の裏で思い浮かべると、胸を締め付けられるような、切なさに似た感情に襲われる。

 この気持ちは懐古ではない。親愛と呼ぶには足りない。それ以上のものだ。

 オイゲンに対してこんな気持ちを抱くようになったのはいつからなのかわからない。

 この感情が芽生えたきっかけを思い出そうとすると、オイゲンと過ごした少年期の記憶が浮かぶが、結局、きっかけなんて思い出せないのだ。

 もしかしたら、最初は尊敬だったかもしれない。憧れだったかもしれない。はたまた、子が父親に向けるような、健かな情だったのかもしれない。

 オイゲンに名前を呼ばれるのが嬉しかった。頭を撫でられると多幸感が溢れた。騎空艇のことを熱く語る姿も、戦う姿も好きだった。一緒に食事をした時のことも、狭い寝台でくっついて寝た時のことも、初めて舵を取らせてもらった日のことも、一人前の操舵士として艇を任された時のことも――すべて、かけがえのない思い出だった。

 そばにいることで、生きていると実感した。オイゲンがいてこそ今の自分がいる。オイゲンと過ごし、オイゲンを知り、時間を共有して思い出が増えていくと、小さな灯火は勢いを増して広がり、胸の奥で燃え盛った。

 今も尚、決して消えることのない炎は鼓動を速め、胸をかき乱し、血潮を沸騰させている。

 この気持ちを打ち明けられたら、どんなに楽だろう。

 結局その日は夜更けまで飲んだ。

 酔っ払ったオイゲンを介抱して宿に戻るのは一苦労だったが、オイゲンの肩を担いで身体を支えて、静まり返った街を歩くのは悪くなかった。湿った夜気が酒で火照った肌に丁度よかった。月が綺麗な夜の真ん中を、野良猫が闊歩していた。

 部屋に戻り、壁側のベッドにオイゲンの身体を投げ出すと、オイゲンは「ああ」だか「ううん」だか、不機嫌そうな声を上げて寝返りを打った。

 ナイトテーブルのランプに明かりを灯し、オイゲンの横たわるベッドの淵に腰掛けて灯火を眺めていると、溜息が出た。心地好い眠気がのしかかってくる。

 ふと首を巡らせてオイゲンを見る。上下する露出した肩と広い背中を見詰めると、胸の奥がざわついた。酒場での話が頭から離れないからだと言い聞かせてみても落ち着かない。

もし――ありのままの気持ちを打ち明けたら、オイゲンはどんな反応をするのだろう?

 途端、形のない恐れが胸を突いた。オイゲンに嫌われるのが一番怖い。顔を正面に戻して、膝に乗せた手に力を込める。

「オレが好きなのはアンタだよ、オイゲン」

 胸の奥で詰まっていた想いを吐き出すと、随分と惨めな独り言になった。瞼の裏で、若き日のオイゲンの姿が次々と浮かぶ。

「……どうしようもないくらい、好きなんだ」

 言葉は壁にぶつかって砕けた。部屋は静かで、背後にいるオイゲンの寝息だけが聞こえた。

 つんと鼻の奥が痛くなって、目の前が水っぽく歪んだ。俯いて瞬きをすると、目に膜を張っていたそれはグレーのカーペットに滴り落ちて、丸く小さな染みを作った。

 泣いちまうなんて、それこそ子供じゃねぇか。

 オイゲンのことになると、どうしてこうも女々しくなってしまうのだろう。

鼻をすすって、荒っぽく目元を擦って、ぴしゃりと両頬を叩いた。

 不意に後ろでオイゲンが動く気配がした。安物のベッドの足がぎしぎしと軋んだ。また寝返りを打ったのだろうと思って振り向かなかったが、深い溜息のあと

「ラカム」

 名前を呼ばれた。弾かれたように振り返ると、オイゲンは起き上がっていた。ランプの明かりに照らし出された顔は真面目腐った表情で、片側だけの眸は、哀し気に瞬いていた。

「起きてたのかよ」

「さっき起きた」オイゲンは壁に背中を預けて、頭を反らした。「ラカム、オメエ、泣くくらいこんなジジイに焦がれてたのかい?」

 静かで深みのある聞き慣れた声は胸に沸いた羞恥心を暴いたが、ここで逃げだしたらもうチャンスはないかもしれないと思った。

「……ああ」立ち上がってオイゲンと向き合った。「そうだよ、ずっと好きだった」

 垂れ下がった手が震えた。

「気持ちはありがてぇがよ、お前の気持ちを受け取るわけにはいかねぇ、オレは幸せになっちゃいけねぇ人間なんだ。臆病で、卑怯で、浅ましい男なんだよ」

 隻眼に寂寞を浮かべて、オイゲンは言った。

「そんなこと言わないでくれよ! アンタがどんなに自分を卑下しようとオレの気持ちは変わらない。オレがどんだけアンタに焦がれてたと思う?」

 また目の前が涙で歪んで、俯いて拳を握り締めた。

「オレはアンタが好きなんだよッ!」

 これ以上はなにも言えなかった。言いたいことは山ほどあるが、言葉は押し寄せる感情の濁流に飲み込まれてしまった。

 オイゲンも同じく、なにも言わなかった。二人の間に降り注いだ沈黙だけが、重苦しく身体に纏わり付いた。

 オイゲンの沈黙は狼狽だろう。これでオイゲンとの関係も終わりだ。明日から、きっと他人行儀になる。別れを告げて、さっさと部屋を出て行こう。

「こんなジジイでいいのか」

 間を置いて紡がれたオイゲンの囁きは、風に瞬く蝋燭の火に似ていた。

 顔を上げる。オイゲンの眸が濡れているように見えるのは、ナイトテーブルに置かれたランプの明かりの加減だろうか。

「本当にオレでいいのか?」

「アンタじゃなきゃ……オイゲンじゃなきゃダメなんだ。アンタの残りの人生をオレにくれ。オレなりに、幸せにするから」

 瞬く隻眼を真っ直ぐに見据えて気持ちを吐露すると、オイゲンの整った口髭の下で、薄い唇の端が持ち上がり、目尻の皺が深くなった。

「本気なんだな? オレでいいんだな?」

「もちろん。じゃなきゃ言わねぇよ、こんなこと」

「よし、オメエさんの気持ちはわかった。老い先短ぇジジイでいいなら、甘えてこい。昔みたいにな」

「……ッ!」

 抱擁を求めるように控えめに広げられた手を前に、息が止まりそうになった。ゆっくりとベッドに上がり、オイゲンと距離を縮めて背中に手を回し、縋るように抱き締めた。

「ずっとオレのことを想っててくれたんだな」

「ああ」

「こんなジジイ相手に純情なのかよ」

「一途って言ってくれよ」

 かけがえのない体温をしっかりと腕に抱いて目を閉じると、また涙が湧いた。

「嬉しすぎて涙が出るぜ」

「オレぁはこっぱずかしくて顔から火が出そうだ」

 鼓動が離れ、視線が重なって、先にオイゲンが笑った。深い色をした眸に、自分が映っている。

「キスしていいか」

「そういうのは、言う前にしろって」

 顔を傾けると、目を伏せたオイゲンと引き合った。少しかさついた唇に触れる。髭が柔らかい。尖らせた唇で触れ、離れて、吸って、舌を差し込み、緩急を付けて深い口付けを交わした。

「……ッ、ん、オイゲン」

 呼吸がうまくできなかった。首の後ろにオイゲンの腕が回って、引っ張られて重心が崩れ、オイゲンの背中がシーツに沈んだ。

 息を弾ませ、ついばみあいながら服をかなぐり捨てる。ふたり分の服がベッドの横に落ちた。

 腕の下で横たわる老兵の身体は、弛みもなく、猫科の肉食獣を彷彿とさせる、柔軟で引き締まった肉付きをしていた。雄々しく、どこか艶めかしさすら感じる身体を見詰めていると、眩暈がした。

「ジジイの素っ裸なんてまじまじ見るんじゃねぇよ」

「アンタは、ちっとも、変わんねぇよ」

 向けられる眼差しは慈愛に満ちた優しいものだった。片手が伸びてきて頬に触れる。温かい。子供の頃、この手にこうして頬を撫でられるのが好きだった。

 平たく角ばった爪。骨張った蛸だらけの指。かさついた分厚い掌。しなやかな両腕。なだらかな肩……無防備な肉体は、老いて少しやつれたといえども、記憶の中にあるオイゲンの身体そのものだった。

「泣きそうなガキみてぇな面しやがって」

 覆い被さって、掌を重ね、指を絡めた。太陽と潮風に愛された蜜色の肌を夢中で撫で、吸い、時々荒っぽく歯を立て、舌を這わせた。性急で拙い愛撫にも、目をつむり、食いしばった歯の隙間から吐息を漏らし、オイゲンは応えてくれた。

 オイゲンの両手をさらに強く抑え付けると、折り曲げた指同士が生き物のように絡み合った。

 憧れたものが、欲しくて仕方なかったものがここにある。

 普段は決して見られない、けだるさを纏った壮年の男の色気に圧された。ねっとりとした興奮が思考を蕩けさせていく。身震いし、湧き上がる劣情を抑え込んで、繋がるために愛撫を続けた。

 色素が淡く沈着した孔におそるおそる唾液で濡らした指先を押し当てる。

 尻たぶの片側を掴んで押し広げると、窄まった孔がひくついた。ぬめった指を挿入すると、小さな抵抗感のあと、体温が伝わってきた。慎重に奥を探った。肉壁は異物を拒むようにぎゅっと締め付けてくる。オイゲンが唸ったり、顔を顰めれば、手を止めて様子を伺い、再開する。

 じっくりと時間をかけてほぐしていった。やがて身体は弛緩し、体内は指を一本、また一本と受け入れた。

 いつの間にか互いに汗が噴き出ていた。オイゲンの額に浮いた玉の汗がひとつこめかみを流れ落ち、枕に吸われるのを見た。

「もう、大丈夫だ。ほら……こい」

 開ききった足の間から耳に届く声に、ごくりと喉が鳴った。

「今更で申し訳ないんだが、ゴムがねぇ」

「そんなもん、気にすんな」

「でもよぉ……」

「いいから、こい」

 苦笑いが漏れた。これではどっちが抱かれているのかわからない。孔を暴かれて尚、オイゲンの方が余裕があるが、今の自分に余裕はない。ペニスは疾うに屹立し、痛いほどに膨れ上がっている。根元を持って支えると、先端からぷっくりと滲み出ていた滴が側面を流れ落ちた。

 心臓が暴れ馬のように跳ねている。この状況下で、自分は夢をみているのではないかとすら錯覚する。

 肉色をした粘膜の割れ目に押し当てた亀頭はあっさりと肉壁に沈んだ。硬く勃ち、脈動する昂ぶりが体内を確実に割っている。

繋がった。とうとう、繋がった。

「ッん、んぐ……」

 オイゲンが目をつむり、獣のような唸り声を上げた。

「抜くか?」

「構うな、そのままッ、奥まで()れろ」

「痛ぇなら、抜くから言ってくれ」

 このまま最後まで行為を続けたいと思う一方で、オイゲンに負担をかけたくないという思いが強かった。が、今は激しい熱情に突き動かされた。

狭い肉管を擦り上げて奥へ突き入れる。根元まで納まると、腰が抜けそうなくらい気持ちよかった。

 首の後ろで重なっていたオイゲンの手が肩口に滑った。指先に微かに力がこもる。劣情に蕩けた視線を寄越されて、更に激しく情熱を叩き込んだ。

「好きだ……好きだッ、オイゲン」

 オイゲンの両足が腰に巻き付いた。自重しろと頭の中で鳴り響いていた警鐘は途絶えてしまった。理性が悦びと劣情に呑まれ、もっとオイゲンを味わいたいという本能が鎌首をもたげた。

「ッ、はっ、悪ぃッ……もう止められそうにねぇ」

 身体を起こし、腰を挟む折り曲げられたオイゲンの膝裏を掴み取り、突き上げた。

「んおッ……!」

 組み敷いたオイゲンの身体が一瞬強張り、腰が浮き上がった。腹の上で萎えたままの雄が所在なく弾む。動きに合わせてギシギシとベッドが軋む無機な音が大きくなって、濡れた肉が衝突する音に混じった。

「は、はぁッ、ふぅ」

 身を乗り出して盛りの付いた獣のように腰を振る。孔は体内を埋める熱を受け入れ、抜き差しは挿入した時よりもスムーズになって、肉壁は収縮して締め付けてくる。

 会話はなかった。小さな喘ぎ声と荒い息が、尻たぶと睾丸がぶつかって弾ける湿った音と重なる。淫靡な空気が夜と同じく色濃くなっていく。

 下毛に付着した体液が滴となり、律動に合わせて飛び散った。愛情と欲望がどろどろに溶けて煮詰まり、抗えない愉悦となって襲いかかる。

 オイゲンの吐息を飲み込んで、突き出された舌を口腔に引き入れ、くねる分厚い舌を貪った。唾液が糸を引いて途切れ、不意にオイゲンが視線を腹の間にやった。

「オメエさんが、奥にッ……んあ、奥に、いるのがッ、わかる」

「ああ、全部、(はい)ってるからな」

 身体を起こし、オイゲンの腰を掴み、深々と繋がった結合部を見せ付けた。

 視軸を下肢に移すと、肉棒を挟み込んだ孔が内側から捲れ上がっているのが見えた。互いの性器は濡れて、ぬらぬらといやらしく照っている。

 止めていた腰を小刻みに動かしはじめる。脊髄を行き来していた快楽が吹き零れそうになった。

「あ、あぁ、あッ!」

 オイゲンは手首を反らしてシーツを握り締め、低い声で喘いだ。円を描くようにして腰を揺すると上壁と擦れ、そうするとオイゲンは仰け反り、大きく声を上げた。腕の下でオイゲンの身体は硬直と弛緩を繰り返した。腰に絡んだ足や盛り上がった胸がびくりと痙攣すると、感じてくれているのだと、嬉しくなった。

「オイゲン、もうイッちまう……!」

「こッ……このまま出せ」

 生理的な涙で潤んだ目で見詰められ、思考が蕩けた。

「――――!」

 天井を仰いだ。目の前で白い火花が弾ける。声も出せず、柔らかい粘膜の奥で吐精した。

 狭いベッドの上でふたり並んで、ぼんやりと天井を眺めた。

 先ほどの高揚感はすっかり治まっていた。が、ラカムの中には、淫らなほとぼりが残っていた。

「ラカムよぉ」

「ん?」オイゲンに視線だけやると、彼は片手を突いてゆっくりと起き上がり、ぼりぼりと後頭部を掻いた。

「オメエさんのあんな余裕のねぇ顔、はじめて見たぜ」

 片眉を持ち上げにやりと笑うオイゲンを見て、顔が熱くなった。

「アンタだって泣いてたろ」

「ありゃ生理的なもんだ、仕方ねぇ」

 耳まで熱くなってきた。枕と頭の間に差し込んだ両手を組み、唇を真一文字に引き結んだ。アンタがエロかったから、なんて言えるわけがないだろう。

「まぁでも」腹にオイゲンの手が載った。「あんな風に好きだ好きだと言われて……嬉しかったぜ」

 穏やかな微笑みだった。言葉は甘ったるい余韻を残し、ラカムを新たな怒涛へと飲み込んだ。

「ラカム、お前……」

「いやその、これは……!」

 血流が下半身に集中している。慌てふためいたところで、硬さを持ち、天井を向いたそれを隠せるわけもない。

「若いってのはいいねぇ。もう寝られそうにねぇな」目を細めて、オイゲンは浅く溜息を零した。それから鷹揚と起き上がってラカムの腹に跨ると、腰を上げ、再び昂りを受け入れた。

「うあ、やっべ……」

 吐き出した精液が逆流してくることなく、孔はラカムを受け入れ、抗えない快楽は確実に思考を奪っていった。

「オレにぶつけてみろよ、オメエさんがッ、溜めてたもん全部ッ」

 身体を反らしてシーツに両手を突いて、上下に腰を揺すり、オイゲンは不敵に笑んだ。ベッドが大きく弾む。

「ほら、どうだ」

「あ、ぐ、オイゲン……!」

 熱に浮かされて定まらない視線をオイゲンの開いた足の間に注ぐ。拓かれた孔に、潤滑よく、激しいストロークで怒張した自身が飲み込まれている。肉と肉が、淫らにぶつかっている。

「ハッ……ハァ、あぁ、さすがに、腰が痛ぇ、んッ」

 オイゲンは一度腰を止めると前屈姿勢になり、ラカムが先ほどしていたようにシーツの上で両手を重ね、昂ぶりをすべて収めた状態で、今度はゆっくりと腰を前後に動かしはじめた。

「無茶しないでくれよ」

 声は情けないほど震えていた。オイゲンのしなった腰を支えて突き上げると、身体が瞬間的に強張った。

「急に動くなよ、奥に当たって、おかしくなるかと思ったじゃねぇか」

「悪い、つい」

「あ、ん、あぁッ、身体に力が入らねぇ」

 脱力して倒れ込んだオイゲンの上半身を受け止め、尻たぶを掴み取り、小刻みに腰を揺らしながら交わった。

 しばらくすると、一際抜き差しがスムーズになった。夢中になって腰を動かす。

お互い、息は荒かった。汗ばんだ肌は火照り、まるで眠りに落ちるかのように意識がふわりと浮き、四肢の感覚が遠くなる。深い愛情の成す行為が、こんなにも心地好いだなんて。

「は、う、オイゲン、出すぞ」胸の上でぐったりとしているオイゲンの耳元で囁くと、微かに肩が浮いた。

「へへッ、ああ、腹ぁ壊しちまうな」

「孕んでほしいくらいだってのにな」

「バッカじゃねぇの、男は孕まねぇって」

「うるせぇ、わかってるってそんなこと」

 吐息のかかる距離で笑って、またベッドに並ぶ。男がふたり並ぶと宿のベッドは酷く窮屈で、肩は重なり、身体はぶつかった。

 それでも、オイゲンを感じられるこの距離が嬉しかった。

「愛してるぜ、オイゲン」

「ハッ、さっきまで好き好き初心(うぶ)なガキみてぇに言ってたくせに一丁前によ」前髪を掻き上げ、オイゲンははにかんで続けた。「そういうことはヤッたあとに言うもんじゃねぇって」

 ラカムは身体をくねらせて、オイゲンの方へ寝返った。

「もう気持ちは隠さない」

「そうかい。まぁ、そっちのが素直で可愛いげがあるわな」

 まだなにか言いたげに開いたオイゲンの唇を塞いで、舌を飲み込んだ。

 深い愛が燃えて、窓の外では夜が冷えていった。

 かけがえのない体温をしっかりと腕に抱き、夜明けの訪れを迎える前に、眠ることにした。